天音に対しても、透子に対しても。
あの時にはもう、
他に好きな人がいたのだろうか。
そうだとしたら、
あまりにも残酷だと思う。
上条さんは優しすぎて、
冷たい人だ。
透子は泣きつかれて目蓋を閉じ、
椅子にもたれかかったまま目を閉じた。
電気をつけていない部屋の中は暗く、
寒さを感じたけれど
もうそんなこともどうでもよかった。
ふわりと頭に浮かんだのは、
泣くのを必死にこらえて走っている少女だった。
途中であぁ夢を見ているんだな、
と分かった。
昔の夢だ。
赤いランドセルを上下に揺らし、
あぜ道を少女が走る。
実家の周りには、
田んぼが多かった。
息を切らして家に帰ったのは
幼い透子だった。
母親は透子の顔を見て一瞬で、
彼女に辛いことがあったのを察した。
どうしたの?
と声をかけられると、
我慢していた物があふれた。
「お母さん。
今日りかちゃんが
学校で財布を盗られて、
その犯人が私だって言うの」
母親は優しく微笑み、
静かに相槌を打つ。
「うん」

