「ま、いいや。そろそろ帰るか。
明日も仕事だろ?」


「うん。遅くまで付きあわせてごめんね」



会計を終わらせ階段を降りていると、
冬馬はひらひらと皮のブレスレットがついた左手を揺らした。




「なーに言ってんだ。
俺はこれからが本番だっての」

「これからどこか行くの?」

「彼女その3のところだ」

「そう……」


ぐったりしながら階段を降りた。
もはや説教する気力もない。


別れ際、冬馬がちらりとこちらに振り返った。


「なぁ」

「ん?」


「おばさん、具合は?」



透子の細い眉が、くしゃりと歪んだ。


「……もう、あんまり長くないかもしれない」


冬馬は居心地が悪そうに顔をしかめ、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「そう……か。俺も来週辺り、見舞いに行くよ」


「ありがとう。お母さん、きっと喜ぶよ」



透子は手を振り、彼の後ろ姿を見送った。


頼りない外灯が道を照らしている。


妙に冷えると思って空を見上げると、はらはらと粉雪が舞い降りてきた。