「これからまだ、色々あるのか?」


「いえ、取りあえず、一度家に帰って、
必要な物を持ってくることになると思います」



透子は目をぎゅっと閉じ、
なるべく普通の顔を作ろうとした。



少しでも気を抜くと、
彼に抱きしめてほしいという思いがあふれそうだった。


心が凍えてしまいそうで。



愛しい人に、ただ触れて欲しいと思った。




――けれどそれは、自分じゃない。


透子じゃなくて、天音だから。



透子は深く頭を下げる。


「上条さん、すみませんでした。
こんな時間まで付きあわせてしまって」


上条は透子の手を引き、
暗い廊下をゆっくりと歩く。


「とりあえず、
どうするかは置いておいて
一度車に戻ろう」


「あの、でも、これ以上
ご迷惑をおかけするわけには……!」


「帰りの足がないだろう」



透子は頭を振り、
必死に上条を止めようとする。


廊下を早足で歩き、
半ば強引に駐車場まで連れだされる。


自分を助手席に乗せようとする上条に、
遠慮して断りの言葉を告げる。


「もう、一人で大丈夫ですから!

上条さん、もう私、自分で帰れます!
これ以上上条さんに……」


上条は強張った表情で透子を見下ろした。


「いいから、取りあえず座れ。
すぐに帰らなくていいから」