荘(仮)

「盗んだ箒で走りだす〜」
 何かが間違っているうえに選曲のチョイスが古い。
「走れエロスのように〜」
 やはり何かが違う。偉人に殴られてしまえばいい。
 生命の危機を感じて荘内に戻ってきた芳章だったが、どうやら前世は鶏だったようだ。
「ご機嫌ですね〜」
 間延びした声が浮かれていた彼を止めた。

「おや、夏摘の御夫人!」
「お掃除お疲れさまです〜」
 このワンテンポ遅れた美女は夏摘綾女。321号室に住む、夏摘家の主婦だ。
 上の階に住む同じ主婦ということで、雲雀と仲がいい。
 まあ、見た目から主婦同士の会話には到底見えないのが欠点ではあるが。
 雰囲気以外の点で彼女等には共通点が多い。
 長い黒髪も。
 うっすら赤い瞳も。
 抜群のスタイルも。
 主婦の井戸端会議より姉妹の雑談に見えてしまったりする。

「マダムはどこかお出かけですか?」
 手に持った買い物袋を見て判断した。目ざとい男だ。
「はい〜。私は動きが遅いから、買い物は早めに行きなさいと」
「誰だ、そんな失礼なことをいうヤツは」

「美琴ちゃんです〜」

「あの駄狐が! 文字通り灸を据えてやる!」
「あらあら〜そんなに怒らないでくださいな〜」
「しかしマダム!」
「それより〜」