「夏香ちゃん!!」


泣きじゃくる私の前に現れた王子様は私の大好きな彼ではなかった。
でも、あまりにも優しく抱き寄せられたせいか私は肌に感じる温もりに甘えてしまった。


「翔也さ……わたし……」


私を抱きしめてくれるのは翔也さんだった。
強く抱きしめられているはずなのに、壊れ物に触れるみたいな優しさを感じた。

しがみつきながら泣く私を鬱陶しがらずに優しく包み込んでくれる彼は本物の王子様みたいだった。
焦らす事も無く私の言葉を待っていてくれる。
そんな彼の優しさに涙が止まらなかった。


「わたし……失恋しちゃいました」

「夏香ちゃん違うんだあれは……!!」

「もう……いいんです。
元々諦めるつもりでしたから」


翔也さんが何かを言いたそうにしていたが私はそれを遮るように話しだす。
もう何も聞きたくない。慰めの言葉なんていらない。
どうせ傷つくなら……何も知らない方がいい。


「何言って……諦めるって……」


翔也さんが疑問を持つのは当然だ。
私の想いを知っている翔也さんがこんな事で納得する訳がない。
だからちゃんと口に出さなきゃ……そう思いながら口を開いた。

本当は口に出したくない、その言葉をしっかりと言い放った。


「橘部長には幸せになって欲しいんです。
私みたいな子供ではなくてマコさんみたいな人と」

「……夏香ちゃん……」


彼は少し驚いた顔をした。
何に驚いたのかは分からない。でもそんな事はどうでもいい。


「橘部長が笑っていてくれれば私はそれだけで十分だから」

「……」

「私が諦めても何も変わらないけど……マコさんを応援してあげることは出来るから」


頭ではそう思っている。
でも……心がまだ哀しに侵されているからか本音かと問われれば嘘になるかもしれない。
だけどきっと時間が経てば心から応援できるはずだから……今だけは……。
ごめんなさいマコさん、今だけは橘部長の事を好きでいさせてください。