素直になりたくて~メイクに恋してあなたを愛す~

「メイクなんて嫌いだから。
お金をたくさん貰えるからやっているだけで何の価値もない」

「やめて!!」

「メイクは金を生み出す道具にしか過ぎないんだよ。
それに……男のくせにメイク道具に熱心になる人の気持ちも分からない」



翔也さんの言葉は橘部長の向けられている物だと一瞬で分かった。
例え、これが橘部長に向けられた言葉ではなかったとしても私は彼を許せない。



「っ!?」

「た……泰東……」



唖然とした顔で左頬を抑える翔也さんに、驚いた顔で私を見つめる橘部長が目に映る。
痺れる右手を見つめて実感した。
私が翔也さんを叩いたのだと。


だけど、謝る気にはなれなかった。
そのまま、右手を握りしめて声を荒げる。



「翔也さんがメイクをどう思おうと翔也さんの自由です。
だけど!!メイクと本気で向き合っている人を侮辱するのだけは許せません!!
女だとか……男だとか……関係ないですよ!!」



私が叫べば翔也さんはハッとしたように顔をした。



「泰東、気持ちは分かるが手を出す事は許されない事だ。
早く水沢さんに謝れ」



低い声の橘部長に促されて私は頭を下げようとする。
しかし、それは翔也さんの声で止められた。



「いや、謝る必要なんてない。
……間違っていたのは……俺の方だ」



翔也さんは疲れた様に髪を掻き上げた。


特に気にしていなかったけど……翔也さんって時々、一人称が変わる気がする。
何か意味があるのかもしれない。



「俺だって……最初はメイクが好きだった」

「翔也さん……」

「だけど……この業界は腐ってる。
どんなにいいメイクをしったて、有名じゃなきゃ使ってくれないし、扱いだって酷い。
それが、有名になった途端に180度……態度が変わった」




翔也さんは頭を抱えて俯いてしまった。
私よりもはるかに大きいはずの翔也さんが凄く小さく見えた。



「それに……君の言う通り……。
みんな利益しか求めなかった……僕の意志を関係なく決まったメイクをさせるんだ。
この方が利益が出るからってね」

「……」

「最初は純粋に、メイクをした後の喜ぶ顔が見たかった。
だけど……この世界に入ってからは……もう……どうでも良くなっていった」



彼の弱弱しい声に私も、橘部長も声を発することが出来なかった。



「それから俺は……みんなが望む水沢 翔也を作り出した」



翔也さんの言葉で全てが繋がった。
翔也さんの一人称が違ったのは、作っていた性格か、本物の性格かの差だったんだ。


“僕”が作られていた翔也さんで、“俺”が本物の翔也さん。
そうだと分かれば、時々見せる彼の悲しそうな笑顔にも納得がいく。


それに……メイクをしている時に翔也さんが見せるあの儚さは……。
全てに絶望した哀しみが詰まっていたのかもしれない。
もう、これ以上……哀しみたくないという翔也さんの想いがあの儚さを生み出していたんだ。