素直になりたくて~メイクに恋してあなたを愛す~

「やばいよ……橘部長に怒られる!!」

「俺がどうした?」

「え?」




会社の廊下を走っていれば聞きなれた低い声が耳に届いた。
思わず足を止めれば眉間にシワを寄せた橘部長の姿が目に入る。




「廊下を走るな」

「すみません……」

「まったく……仕事をするぞ」

「……はーい」



橘部長と一緒にオフィスへと向かう。
さっき感じた胸の苦しみはすっかりと消えていた。



その代わりに高鳴る鼓動が私を襲いかかってくる。
ある意味、こっちの方が苦しいかもしれない。



「橘部長、あの口紅って今どんな状況なんですか?
そろそろ販売できるんですかね?」




あの口紅とは、私が企画したもので橘部長たちと作り上げたものの事だ。
最近、他の仕事で手一杯で気にしてなかったが……一体どうなったのだろう?



「まだ、製造段階だ。
販売するのはもう少し先だろう」

「そうなんですか……」



残念な様な、安心したような不思議な感じだ。
早く販売して欲しいと言う気持ちは大きいが、売れなかったらクビになるという約束なので少し複雑な気分だ。



「やれる事はやったんだ。今さらジタバタしても仕方がない。
今は、目の前にある仕事に精神をつぎ込め」

「……はい」



そう言い放つ橘部長だけど、どこか上の空に見えた。
もしかして橘部長も気になっているのかもしれない。



あれは私だけの想いが詰まった物じゃないもの。


橘部長や大樹、佐藤せんぱいや同じ部署の皆。
沢山の人の想いが詰まった口紅だ。


どうか消費者の皆様に笑顔を届けることが出来ますように……。