立ち上がり、自分の名を呼んだ目の前の白髪の女性を凝視する。

 桜のような薄紅の唇が、上品に動く。
「はるひこさん、探しましたよ」

「さ、さくらさん」
 約60年の重みを確かめるように、あの頃よりはずっとやせ細ってしまった腕で、さくらさんを包み込む。
「生きていてくれて、ありがとう」

 お国のために死ぬのが当たり前。
 そんな中で、私は死に物狂いで帰ってきた。


―っ!!

 一瞬、今自分が何をしていたか、記憶が途切れた。
 腕の中には、幸せそうに目をつぶるさくらさんがいる。

 優しく、記憶に埋め込むようにもう一度さくらさんを抱き締める。

 せっかく出会えたというのに、明日になれば、さくらさんのことを忘れてしまっているかもしれない。

 それも悪くない、だから、今だけ、今だけは…

 散りゆく桜に、一生分の願いを込めた。