次の角を右に曲がって、三軒目。私の、大好きな場所。

 カランカラン。
 扉を開くのと共に、来客を知らせるベルが音をたてて揺れる。
「マスター、テストだめだったぁ」
 カウンターに腰掛けるのと同時に、待ってましたとばかりに目の前にホットココアが差し出された。
「わぁ、ありがとう」
 店内にお客は私一人。 私の記憶の中では、この時間は大抵お客がいないことが多い。
 だから、マスターが本当はどんな人なのか、よく知らない。

 私の前で、マスターは無口だ。注文を取るときに言葉を交わすぐらい。
 ココアを飲むフリをして、マスターを盗み見る。
 整えられた口ひげに、少し白髪混じりの頭。背はたぶん180センチぐらいで、細いわりには、肩ががっしりとしてる。
 そこらへんのおじさんよりは、なかなかかっこいいかも。

 マスターに初めて出会ったのは、一年付き合ってた彼に振られた雨の日。
 空からも瞳からも降る大粒の雨。雨宿りにこの店の屋根の下に入り込んだ。
 心も体もずぶ濡れで、まるで世界で独りぼっちになった気分だった。

 ふわっと温かいものが頭を覆う。

「風邪引くぞ」
 それが無口だけど温かい、マスターとの出会いだった。