玄関に入ってみると、出かけるときにはなかった靴を見つけた。
男物のスニーカーだ。
多分、涼君が帰ってきたのだろう。
挨拶しなくちゃ。
リビングのほうから、話し声がしている。
私はすぐにそちらに向かった。
すると―――。
リビングに入る直前、そこから出てこようとしていた若い男性と鉢合わせになってしまった。
私はドキッとして、思わず固まる。
鉢合わせしちゃって、びっくりしたのは、私だけではないようだ。
その人も目を丸くしていたけど、すぐに声をかけてくれた。
「あ、ごめん! さくらちゃんだよね? 初めまして! 俺は涼っていうんだ。これからよろしく」
驚きが尾を引いて、まだ何も言葉が出ない私は、握手をしようと差し出された手を、反射的に握る。
そして、慌てて引っ込めた。
心臓が早鐘を打っている。
それをごまかそうと、「初めまして。これからよろしく」とだけ、なるべく平静を装って言った。
……こんなにかっこいい人、ほとんど見たことなかったから。
そんな人と、いきなり話をするなんて……。
「失礼な質問かもしれないけど、さくらちゃんはどうしてうちに居候を?」
「あ、うん、えっと……」
緊張して、喉がカラカラだ。
言葉がうまく出てこないけど、懸命に答えた。
「簡単に言うと、実の両親を探すために」
「実の両親? 何だかいきなり立ち入ったことを聞いちゃったみたいだね、ごめんね」
「ううん、全然そんなこと……」
「もしよかったら、俺の部屋で聞かせてくれないかな? こんなとこで立ち話も何だし。話せる範囲でいいし、話したくないことは話さなくてもいいからね。何か力になれることがあるなら、協力したいからさ」
涼君は気さくに笑った。
私はおじいちゃん以外の男の人の部屋に入ったことなんてなかったから、どきまぎしてまた挙動不審になりそうだ。
でも、そんなことがバレると笑われそうなので、ただ「うん」とだけ言って、なるべく平静を装っておく。
「じゃあ、ついてきてね」
そう言って先を歩く涼君に、私はついていった。
頭の中は真っ白のまま。
涼君の部屋は、おじいちゃんの部屋に比べるとはるかに、すっきり整理整頓が行き届いた部屋だった。
カーテンやカーペットなどが、淡い色合いなので、全体的に明るい印象を受ける。
学校用と思われるカバンの横に、網に入ったサッカーボールが吊るされているのが目を引く。
多分、サッカー部なのだろう。
そして私は、涼君に問われるままに、これまでのいきさつを話した。
涼君は黙って、私の話を聞いてくれた。
「なるほど……」
一通り聞き終わると、涼君は視線を落とした。
考え込んでいる様子だ。
最初に涼君を見た時から思っていたことだけど、すごくかっこいい……。
私は状況も忘れて、しばしポーッとしながら彼を見つめていた。
「ああ、ごめん。ついつい考え込んでしまって。さくらちゃんも大変なんだね……。さくらちゃんが最大の手がかりとみていたカメラ店が、もうなかったっていうのは残念だね。実はあのお店には、俺も何回か行ったことがあるんだよ。最後に行ったのはもうずいぶん前だけどね」
彼は私の目を見て言った。
なぜか、目をそらしてしまう私。
別に、目が合って困ることもないはずなんだけど。
何だか恥ずかしくて。
「だけど、悲観するには及ばないよ。さくらちゃんやヒサさんの言う通り、ご両親がこの街に住んでいるか、もしくは以前住んでいた可能性は大きいと、俺も思う。写真の現像にあのお店を使う人は、恐らく地元民に違いないだろうから」
「でも、両親の名前も顔も年齢も分かってないから、聞き込みをするのも大変で……」
「そこが問題だよね。どうしたものかなぁ」
涼君は整った顔を上へ向けた。
私も考え込んだ。
しばらく間があって、涼君が言った。
「ご両親と別れたとき、さくらちゃんはまだ物心がついてなくて、何も覚えてないみたいだけど、ひょっとしたら、実際に会ってみればすぐに分かるかもしれないよ」
「どういうこと?」
「何て言えばいいのかなぁ……。親子ってのは、きっとどこかで通じ合うものがあると思うんだ。だから偶然どこかで、さくらちゃんとご両親が会えば、お互い『ひょっとしたらこの人……』って何か感づくかもしれないと思うんだよ」
「う~ん、そういうものなのかなぁ」
私には分からなかった。
ほんとにそんなものなのだろうか。
私はついおとといまで、お父さんお母さんが実の両親で、おじいちゃんが実の祖父だと思い込んで生きてきたんだし。
実際、おじいちゃんとお父さんと私の三人には、仕草や癖などにおいて、かなり似たところもあると指摘する人もいたぐらいで、血縁関係を疑う人なんかほとんどいなかったのは間違いないと思う。
おじいちゃんと私に限って言うと、「顔立ちが似てる」って言う人までいたぐらいだし。
さっき、私と初めて会った美優さんも、おじいちゃんの面影があるとか、そんなことを言ってた気が。
まぁ、顔立ちはともかく、仕草や癖に関しては、おじいちゃんがここまで私を育ててくれたわけだから、その影響で似てきただけなのかもしれないけれど。
恋人同士でも、長い関係が続くと、お互い似てくるってよく聞くし。
ん?
恋人?
そこで、なぜか涼君を見て、勝手に赤くなる私。
何考えてんだろ、自分でも意味不明。
すると、涼君がまた力づけるように言ってくれた。
「実際会えば、お互い何か感じあうものがあるんだと俺は思うよ。根拠は何もないけど……。いい加減なことを言ってごめんね」
「ううん、色々一緒に考えてくれてありがと」
「いやいや、結局、俺は全然役に立ってないし」
涼君は苦笑しながら言った。
しばらく談笑した後、自分の部屋に戻った私は、まだドキドキしていた。
やばい。
涼君のこと、好きかも。
でも、そんなことを言っている場合じゃなかった。
ここには実の両親を探すために来たんだから。
それに、涼君とはまだ会ったばかりだ。
今まで誰とも付き合ったことがないのに、いきなり涼君のお部屋に入れてもらったから、気持ちが高ぶっただけだ……私はそう思い込むことにした。
それからしばらく、学校の宿題をしていると、階下から美優さんが夕食の時間だと知らせてくれた。
涼君のことや自分の出自のことなどが頭を駆け巡っていて、宿題は全く捗(はかど)っていなかったんだけど……。
リビングに入ると、食卓にはすでに、美味しそうな魚料理とサラダが並んでいる。
そして、そこにはすでに帰宅されていたのか、圭輔さんと思われるスーツ姿の男の人の姿があったので、私はまずあいさつをした。
「ヒサさんのお孫さんとは思えないぐらい真面目だねぇ。もっとぶっ飛んでる人かと想像していたよ」
初対面のあいさつを交わしたあと、にこにこした顔で圭輔さんが言った。
私の事情はまだ話してないので、圭輔さんはまだ知らなかったのだ。
おじいちゃんと私には、血のつながりがないことに。
光定さんと美也子さんと美優さんは、決まり悪そうに黙り込んだ。
そのとき涼君が、ふいに言った。
「父さん。ここにはヒサさんはいないんだし、陰口はやめろって」
「ああ、悪い悪い」
笑いながら圭輔さんが言う。
気を遣って、フォローしてくれたんだと思った。
あとでお礼言わなくちゃ。
夕食の後、圭輔さんにも、これまでのいきさつを話しておくことに。
圭輔さんは「事情を知らなかったとはいえ、あんなことを言って申し訳なかったね」と平謝りだった。
私が「全然気にしてないですから」と言うと、「よかった」と圭輔さんはまた笑顔になる。
その後、私は部屋へと向かったんだけど、部屋の前に涼君がいた。
私を待ってくれていた様子だ。
「またちょっと話そうよ。思いついたことがあるんだ」
涼君はそう言うと、部屋に招き入れてくれた。
男物のスニーカーだ。
多分、涼君が帰ってきたのだろう。
挨拶しなくちゃ。
リビングのほうから、話し声がしている。
私はすぐにそちらに向かった。
すると―――。
リビングに入る直前、そこから出てこようとしていた若い男性と鉢合わせになってしまった。
私はドキッとして、思わず固まる。
鉢合わせしちゃって、びっくりしたのは、私だけではないようだ。
その人も目を丸くしていたけど、すぐに声をかけてくれた。
「あ、ごめん! さくらちゃんだよね? 初めまして! 俺は涼っていうんだ。これからよろしく」
驚きが尾を引いて、まだ何も言葉が出ない私は、握手をしようと差し出された手を、反射的に握る。
そして、慌てて引っ込めた。
心臓が早鐘を打っている。
それをごまかそうと、「初めまして。これからよろしく」とだけ、なるべく平静を装って言った。
……こんなにかっこいい人、ほとんど見たことなかったから。
そんな人と、いきなり話をするなんて……。
「失礼な質問かもしれないけど、さくらちゃんはどうしてうちに居候を?」
「あ、うん、えっと……」
緊張して、喉がカラカラだ。
言葉がうまく出てこないけど、懸命に答えた。
「簡単に言うと、実の両親を探すために」
「実の両親? 何だかいきなり立ち入ったことを聞いちゃったみたいだね、ごめんね」
「ううん、全然そんなこと……」
「もしよかったら、俺の部屋で聞かせてくれないかな? こんなとこで立ち話も何だし。話せる範囲でいいし、話したくないことは話さなくてもいいからね。何か力になれることがあるなら、協力したいからさ」
涼君は気さくに笑った。
私はおじいちゃん以外の男の人の部屋に入ったことなんてなかったから、どきまぎしてまた挙動不審になりそうだ。
でも、そんなことがバレると笑われそうなので、ただ「うん」とだけ言って、なるべく平静を装っておく。
「じゃあ、ついてきてね」
そう言って先を歩く涼君に、私はついていった。
頭の中は真っ白のまま。
涼君の部屋は、おじいちゃんの部屋に比べるとはるかに、すっきり整理整頓が行き届いた部屋だった。
カーテンやカーペットなどが、淡い色合いなので、全体的に明るい印象を受ける。
学校用と思われるカバンの横に、網に入ったサッカーボールが吊るされているのが目を引く。
多分、サッカー部なのだろう。
そして私は、涼君に問われるままに、これまでのいきさつを話した。
涼君は黙って、私の話を聞いてくれた。
「なるほど……」
一通り聞き終わると、涼君は視線を落とした。
考え込んでいる様子だ。
最初に涼君を見た時から思っていたことだけど、すごくかっこいい……。
私は状況も忘れて、しばしポーッとしながら彼を見つめていた。
「ああ、ごめん。ついつい考え込んでしまって。さくらちゃんも大変なんだね……。さくらちゃんが最大の手がかりとみていたカメラ店が、もうなかったっていうのは残念だね。実はあのお店には、俺も何回か行ったことがあるんだよ。最後に行ったのはもうずいぶん前だけどね」
彼は私の目を見て言った。
なぜか、目をそらしてしまう私。
別に、目が合って困ることもないはずなんだけど。
何だか恥ずかしくて。
「だけど、悲観するには及ばないよ。さくらちゃんやヒサさんの言う通り、ご両親がこの街に住んでいるか、もしくは以前住んでいた可能性は大きいと、俺も思う。写真の現像にあのお店を使う人は、恐らく地元民に違いないだろうから」
「でも、両親の名前も顔も年齢も分かってないから、聞き込みをするのも大変で……」
「そこが問題だよね。どうしたものかなぁ」
涼君は整った顔を上へ向けた。
私も考え込んだ。
しばらく間があって、涼君が言った。
「ご両親と別れたとき、さくらちゃんはまだ物心がついてなくて、何も覚えてないみたいだけど、ひょっとしたら、実際に会ってみればすぐに分かるかもしれないよ」
「どういうこと?」
「何て言えばいいのかなぁ……。親子ってのは、きっとどこかで通じ合うものがあると思うんだ。だから偶然どこかで、さくらちゃんとご両親が会えば、お互い『ひょっとしたらこの人……』って何か感づくかもしれないと思うんだよ」
「う~ん、そういうものなのかなぁ」
私には分からなかった。
ほんとにそんなものなのだろうか。
私はついおとといまで、お父さんお母さんが実の両親で、おじいちゃんが実の祖父だと思い込んで生きてきたんだし。
実際、おじいちゃんとお父さんと私の三人には、仕草や癖などにおいて、かなり似たところもあると指摘する人もいたぐらいで、血縁関係を疑う人なんかほとんどいなかったのは間違いないと思う。
おじいちゃんと私に限って言うと、「顔立ちが似てる」って言う人までいたぐらいだし。
さっき、私と初めて会った美優さんも、おじいちゃんの面影があるとか、そんなことを言ってた気が。
まぁ、顔立ちはともかく、仕草や癖に関しては、おじいちゃんがここまで私を育ててくれたわけだから、その影響で似てきただけなのかもしれないけれど。
恋人同士でも、長い関係が続くと、お互い似てくるってよく聞くし。
ん?
恋人?
そこで、なぜか涼君を見て、勝手に赤くなる私。
何考えてんだろ、自分でも意味不明。
すると、涼君がまた力づけるように言ってくれた。
「実際会えば、お互い何か感じあうものがあるんだと俺は思うよ。根拠は何もないけど……。いい加減なことを言ってごめんね」
「ううん、色々一緒に考えてくれてありがと」
「いやいや、結局、俺は全然役に立ってないし」
涼君は苦笑しながら言った。
しばらく談笑した後、自分の部屋に戻った私は、まだドキドキしていた。
やばい。
涼君のこと、好きかも。
でも、そんなことを言っている場合じゃなかった。
ここには実の両親を探すために来たんだから。
それに、涼君とはまだ会ったばかりだ。
今まで誰とも付き合ったことがないのに、いきなり涼君のお部屋に入れてもらったから、気持ちが高ぶっただけだ……私はそう思い込むことにした。
それからしばらく、学校の宿題をしていると、階下から美優さんが夕食の時間だと知らせてくれた。
涼君のことや自分の出自のことなどが頭を駆け巡っていて、宿題は全く捗(はかど)っていなかったんだけど……。
リビングに入ると、食卓にはすでに、美味しそうな魚料理とサラダが並んでいる。
そして、そこにはすでに帰宅されていたのか、圭輔さんと思われるスーツ姿の男の人の姿があったので、私はまずあいさつをした。
「ヒサさんのお孫さんとは思えないぐらい真面目だねぇ。もっとぶっ飛んでる人かと想像していたよ」
初対面のあいさつを交わしたあと、にこにこした顔で圭輔さんが言った。
私の事情はまだ話してないので、圭輔さんはまだ知らなかったのだ。
おじいちゃんと私には、血のつながりがないことに。
光定さんと美也子さんと美優さんは、決まり悪そうに黙り込んだ。
そのとき涼君が、ふいに言った。
「父さん。ここにはヒサさんはいないんだし、陰口はやめろって」
「ああ、悪い悪い」
笑いながら圭輔さんが言う。
気を遣って、フォローしてくれたんだと思った。
あとでお礼言わなくちゃ。
夕食の後、圭輔さんにも、これまでのいきさつを話しておくことに。
圭輔さんは「事情を知らなかったとはいえ、あんなことを言って申し訳なかったね」と平謝りだった。
私が「全然気にしてないですから」と言うと、「よかった」と圭輔さんはまた笑顔になる。
その後、私は部屋へと向かったんだけど、部屋の前に涼君がいた。
私を待ってくれていた様子だ。
「またちょっと話そうよ。思いついたことがあるんだ」
涼君はそう言うと、部屋に招き入れてくれた。