おじいちゃんの部屋で二人っきりになると、涼君が言った。
「ヒサさんにもきっと何か事情があるんだろうから、あまり怒らないであげてね」
涼君は、相変わらず優しい。
涼君からそんなこと言われると、もう怒れないじゃん。
「うん、分かった。でも、あれだけすんなり、この部屋を調べる許可を出したってことは、この部屋には何もないってことなんじゃないかな」
私は思ったことを言ってみる。
「たしかにそうとも思えるね。でも、もう一つの可能性として、『見つかりにくい場所に何かを隠している』という可能性もあるかもしれないよ。ヒサさんしか取り出せない場所に、何かを隠しているとかね」
なるほど、それはあり得そうだ。
「まず手始めに、以前ちらっと見させてもらったアルバムを拝見しよっか。今回は、きっちり許可を得ているわけだから、堂々とね」
涼君はちょっとイタズラっぽい笑顔で言うと、黒の戸棚に近づき、最上段の取っ手を引っ張った。
反射的に身構える私。
前は、アルバムが飛び出してきたんだよね……。
しかし、その中は、前に見たときよりもすっきりしていた。
そして……目当てのモノが見当たらない。
「あれ？！ アルバムがない！」
前見たとき、ちゃんと元に戻しておいたはずなのに！
「恐らく、ヒサさんが移動させたんだろうね。見つかりにくい場所に」
「え～！ なんでそんな嫌がらせを……」
私は憮然として言った。
「やっぱり、ヒサさんはあまり知ってほしくないらしいね。過去のことを。あのキーホルダーのことも含めてね。何か知られたくない事情があるってことは、ほぼ間違いないと思うよ」
うーん。
「それじゃ、他のところを探そうよ。何か出てくるかも」
涼君はそう言うと、黒の戸棚をさらに調べはじめた。
他の段を一つずつ注意深く。
私も、茶色の戸棚やクローゼットの中を調べることにした。
例の悪趣味な衣装のポケットも、一つ一つ中を確かめるほど念入りに。
何も見つからないまま、二十分ぐらいが経過した。
私は疲れたので、涼君に一言断りを入れてから、おじいちゃんの椅子を借りて一休みすることに。
さすがは、サッカー部主将だ。
涼君は休むことなく、探し続けている。
いつの間にか、窓の外から西日が照りつけていた。
まだ六時までは、あと一時間ぐらいあるはず。
休憩を終えると、私も再び探しはじめた。
それからまた十分ほど探したけど、例のキーホルダーも他の手がかりも、何も出てこない。
やっぱりおじいちゃんは、この部屋には何も隠してないのかも。
私は何気なく、ドアを開け放ったクローゼットの近くに、そっと腰を下ろした。
そして、これまた何気なく、クローゼットの奥に目をやる。
すると、吊り下げられた服たちの隙間を通して、何やら灰色っぽいモノが見えることに気づいた。
あれは、何だろう？
服を全部、いったん左端にずらして、隙間を大きくしてから覗き込むと、どうやら金庫のようだった。
けっこう大きな金庫だ。
私は、すぐに涼君に知らせた。
「金庫かぁ。案外、この中に入れてあるのかもね。そのキーホルダー」
涼君が言う。
あれは、おじいちゃんにとっても大事なものみたいだから、あり得るかも。
そんなものを白浜旅行にわざわざ持っていく無用心さも、おじいちゃんらしいけど。
「ここも調べよっか」
私は言ってみたけど、涼君はあまり気が進まないらしい。
「うーん、俺は部外者なんだし、さすがに金庫に手を出すわけには……」
どうしても中を調べたい私は、説得を試みた。
「でもね、おじいちゃんはこの部屋の中を好きに探していいって言ったんだよ。それに、私は、おじいちゃんのたった一人の家族なんだし。あと、私たちは中身を見たいだけで、取り出したり移動させたりはしないんだから、いいんじゃない？」
「それはそう………なのかなぁ」
涼君は迷ってるみたいだ。
もう一押し！
「そうそう！ この部屋を調べていいってことだし、この部屋の中のモノは全部調べていいはず。大丈夫だよ、私が全責任を負うから！」
「それなら、調べよっか」
私の勢いに根負けした様子の涼君だったが、表情を変えずに言葉を続けた。
「でも、この金庫の開け方なんて、さくらちゃんでも分からないはず。この金庫は、１０ケタの数字を入力するタイプみたいだね」
「うう……確かに」
ナンバーが分からなければ、どうあがいても開くわけがない。
「あ……待てよ」
涼君が、急に独り言を言った。
何か思いついたようで、金庫のダイヤルをしきりに回している。
まさか……番号に心当たりがあるんだろうか。
私のいる位置からは、涼君の手元が見えなかった。
そして―――。
ガチャリ！
音がして……なんと、金庫が開いた！
涼君すごい！！
「うわー！ すごい！ どうしてナンバーが分かったの？！」
「以前、気になる番号を見たことがあったからね。試しに入力してみただけだよ。それよりも……中身を見てよ！ これ！」
そこには、以前見たことがあるアルバムが入っていた。
それに、貴金属類や札束の奥に……あのキーホルダーも入っているのが見える！
私は思わず、自分のキーホルダーを取り出して、横に並べてみた。
見比べてみると、やっぱりそっくりだ。
八重桜さん、一髪屋さん、直真さんの三人が見せてくれたキーホルダーとも、見分けがつきにくいほど似ている。
改めてそう思った。
「これで、ヒサさんもキーホルダーを持ってたことが確定したね。それじゃ、次はこのアルバムを見せてもらおうよ」
私たちは、前にも見たことがあるそのアルバムを二人で覗きこんだ。
そこには、おじいちゃんたちが所属していた劇団の写真が、たくさん収められていた。
私は八重桜さんに貰った写真をバッグから取り出し、軽く見比べながら、涼君と一緒にページをめくっていく。
劇団員時代のおじいちゃん、八重桜さん、一髪屋さん、直真さん、ジョセフさん、そして胡桃さんの姿を確認できた。
本間さんはどの人か分からなかったけど、あの人は私たちと会ったとき変装していたからかな……。
あの日、運転手の「本間さん」の姿になっていただけで、素顔は全く別物だっていう可能性大だし。
ところどころ、写真の上のスペースに、おじいちゃんの字で「ヴィルトカッツェ」や「ファウンテン」と書かれており、続けて日付も書かれている写真が多かった。
「ファウンテンだって。これって、おじいちゃんのハンドルネームじゃなかったっけ」
「ヒサさんはそう言っていたし、それも本当かもしれないけど、ここでは劇団の名前という意図で書いてあるんだと思うよ」
「ええっ？！ これって劇団の名前なの？」
なんでそんなことが分かるんだろう。
涼君は静かに説明してくれた。
「たしか一髪屋さんが言ってたよね。『まさか、他にもファウンテンのヤツらが』みたいなことを。『他にも』っていうことは、文脈から察するに、『一髪屋さん自身も』ということになる。そうなると、ファウンテンというのは団体名かグループ名か組織名か、そんな感じのものだと推測できるよね。そして、この場合はどう考えても、かつて所属していたその劇団としか考えられないから。一髪屋さんは『さくらちゃんにキーホルダーを見せた別の人もファウンテン所属』ってことを、図らずも言ってくれたわけだけど、そのキーホルダーは胡桃さんが劇団員に配ったというモノなんだからね」
「なるほど！」
私にも飲み込めた。
その上で、他に気になったことを聞いてみた。
「それじゃ、おじいちゃんはネット将棋のサイトで、その劇団名をハンドルネームとして使用することにしたってことだよね」
「うんうん、そういう可能性はもちろんあるんだけど、あの『H.N.』は、ヒサさんが言うように『ハンドルネーム』という意味かどうかは分からないよ」
「どういうこと？」
それじゃ、あれってどういう意味なのかな……。
私には見当もつかなかった。
「あれはね、イニシャルだと思うよ。ヒサノリ・ハナガイケなら『H.H.』だけど、さっき分かった情報と照らし合わせると……」
「ああっ！ ヒサノリ・ニカイドウで『H.N.』ってこと？」
「うん、多分そういうことだと思うよ」
涼君、すごいな。
そんなことまで分かってるんだ。
「ちなみに、『H.N. ファウンテン』の下にあった数字、覚えてる？」
「え～。そんなの覚えてないよ～。長いし」
「『００３８７５８９４６』 だったよ。数字の羅列は、語呂あわせで覚えると、すんなり覚えられるかも。俺もあのときはこの数字を覚えるつもりも特になかったんだけど、何の気なしに『大宮・名古屋・釧路』みたいだなぁって思って、記憶に残っていたのが、さっき役に立ったんだ」
「え？ さっき？」
何かあったっけ。
「ほらこれ、『１０ケタの数字』だよ」
金庫を指差して言う涼君。
あああ！
そうか！
ようやく私にも理解できた。
「金庫のナンバー！」
「うん、その通り。案外、ヒサさんもそういう語呂合わせで、決めたのかもしれないね」
私は何気なく、金庫の開いた扉の外側を見た。
「あれっ？！ 数字が『００００００００００』になってる！」
涼君も再びそちらに目を移してくれた。
「ヒサさんにもきっと何か事情があるんだろうから、あまり怒らないであげてね」
涼君は、相変わらず優しい。
涼君からそんなこと言われると、もう怒れないじゃん。
「うん、分かった。でも、あれだけすんなり、この部屋を調べる許可を出したってことは、この部屋には何もないってことなんじゃないかな」
私は思ったことを言ってみる。
「たしかにそうとも思えるね。でも、もう一つの可能性として、『見つかりにくい場所に何かを隠している』という可能性もあるかもしれないよ。ヒサさんしか取り出せない場所に、何かを隠しているとかね」
なるほど、それはあり得そうだ。
「まず手始めに、以前ちらっと見させてもらったアルバムを拝見しよっか。今回は、きっちり許可を得ているわけだから、堂々とね」
涼君はちょっとイタズラっぽい笑顔で言うと、黒の戸棚に近づき、最上段の取っ手を引っ張った。
反射的に身構える私。
前は、アルバムが飛び出してきたんだよね……。
しかし、その中は、前に見たときよりもすっきりしていた。
そして……目当てのモノが見当たらない。
「あれ？！ アルバムがない！」
前見たとき、ちゃんと元に戻しておいたはずなのに！
「恐らく、ヒサさんが移動させたんだろうね。見つかりにくい場所に」
「え～！ なんでそんな嫌がらせを……」
私は憮然として言った。
「やっぱり、ヒサさんはあまり知ってほしくないらしいね。過去のことを。あのキーホルダーのことも含めてね。何か知られたくない事情があるってことは、ほぼ間違いないと思うよ」
うーん。
「それじゃ、他のところを探そうよ。何か出てくるかも」
涼君はそう言うと、黒の戸棚をさらに調べはじめた。
他の段を一つずつ注意深く。
私も、茶色の戸棚やクローゼットの中を調べることにした。
例の悪趣味な衣装のポケットも、一つ一つ中を確かめるほど念入りに。
何も見つからないまま、二十分ぐらいが経過した。
私は疲れたので、涼君に一言断りを入れてから、おじいちゃんの椅子を借りて一休みすることに。
さすがは、サッカー部主将だ。
涼君は休むことなく、探し続けている。
いつの間にか、窓の外から西日が照りつけていた。
まだ六時までは、あと一時間ぐらいあるはず。
休憩を終えると、私も再び探しはじめた。
それからまた十分ほど探したけど、例のキーホルダーも他の手がかりも、何も出てこない。
やっぱりおじいちゃんは、この部屋には何も隠してないのかも。
私は何気なく、ドアを開け放ったクローゼットの近くに、そっと腰を下ろした。
そして、これまた何気なく、クローゼットの奥に目をやる。
すると、吊り下げられた服たちの隙間を通して、何やら灰色っぽいモノが見えることに気づいた。
あれは、何だろう？
服を全部、いったん左端にずらして、隙間を大きくしてから覗き込むと、どうやら金庫のようだった。
けっこう大きな金庫だ。
私は、すぐに涼君に知らせた。
「金庫かぁ。案外、この中に入れてあるのかもね。そのキーホルダー」
涼君が言う。
あれは、おじいちゃんにとっても大事なものみたいだから、あり得るかも。
そんなものを白浜旅行にわざわざ持っていく無用心さも、おじいちゃんらしいけど。
「ここも調べよっか」
私は言ってみたけど、涼君はあまり気が進まないらしい。
「うーん、俺は部外者なんだし、さすがに金庫に手を出すわけには……」
どうしても中を調べたい私は、説得を試みた。
「でもね、おじいちゃんはこの部屋の中を好きに探していいって言ったんだよ。それに、私は、おじいちゃんのたった一人の家族なんだし。あと、私たちは中身を見たいだけで、取り出したり移動させたりはしないんだから、いいんじゃない？」
「それはそう………なのかなぁ」
涼君は迷ってるみたいだ。
もう一押し！
「そうそう！ この部屋を調べていいってことだし、この部屋の中のモノは全部調べていいはず。大丈夫だよ、私が全責任を負うから！」
「それなら、調べよっか」
私の勢いに根負けした様子の涼君だったが、表情を変えずに言葉を続けた。
「でも、この金庫の開け方なんて、さくらちゃんでも分からないはず。この金庫は、１０ケタの数字を入力するタイプみたいだね」
「うう……確かに」
ナンバーが分からなければ、どうあがいても開くわけがない。
「あ……待てよ」
涼君が、急に独り言を言った。
何か思いついたようで、金庫のダイヤルをしきりに回している。
まさか……番号に心当たりがあるんだろうか。
私のいる位置からは、涼君の手元が見えなかった。
そして―――。
ガチャリ！
音がして……なんと、金庫が開いた！
涼君すごい！！
「うわー！ すごい！ どうしてナンバーが分かったの？！」
「以前、気になる番号を見たことがあったからね。試しに入力してみただけだよ。それよりも……中身を見てよ！ これ！」
そこには、以前見たことがあるアルバムが入っていた。
それに、貴金属類や札束の奥に……あのキーホルダーも入っているのが見える！
私は思わず、自分のキーホルダーを取り出して、横に並べてみた。
見比べてみると、やっぱりそっくりだ。
八重桜さん、一髪屋さん、直真さんの三人が見せてくれたキーホルダーとも、見分けがつきにくいほど似ている。
改めてそう思った。
「これで、ヒサさんもキーホルダーを持ってたことが確定したね。それじゃ、次はこのアルバムを見せてもらおうよ」
私たちは、前にも見たことがあるそのアルバムを二人で覗きこんだ。
そこには、おじいちゃんたちが所属していた劇団の写真が、たくさん収められていた。
私は八重桜さんに貰った写真をバッグから取り出し、軽く見比べながら、涼君と一緒にページをめくっていく。
劇団員時代のおじいちゃん、八重桜さん、一髪屋さん、直真さん、ジョセフさん、そして胡桃さんの姿を確認できた。
本間さんはどの人か分からなかったけど、あの人は私たちと会ったとき変装していたからかな……。
あの日、運転手の「本間さん」の姿になっていただけで、素顔は全く別物だっていう可能性大だし。
ところどころ、写真の上のスペースに、おじいちゃんの字で「ヴィルトカッツェ」や「ファウンテン」と書かれており、続けて日付も書かれている写真が多かった。
「ファウンテンだって。これって、おじいちゃんのハンドルネームじゃなかったっけ」
「ヒサさんはそう言っていたし、それも本当かもしれないけど、ここでは劇団の名前という意図で書いてあるんだと思うよ」
「ええっ？！ これって劇団の名前なの？」
なんでそんなことが分かるんだろう。
涼君は静かに説明してくれた。
「たしか一髪屋さんが言ってたよね。『まさか、他にもファウンテンのヤツらが』みたいなことを。『他にも』っていうことは、文脈から察するに、『一髪屋さん自身も』ということになる。そうなると、ファウンテンというのは団体名かグループ名か組織名か、そんな感じのものだと推測できるよね。そして、この場合はどう考えても、かつて所属していたその劇団としか考えられないから。一髪屋さんは『さくらちゃんにキーホルダーを見せた別の人もファウンテン所属』ってことを、図らずも言ってくれたわけだけど、そのキーホルダーは胡桃さんが劇団員に配ったというモノなんだからね」
「なるほど！」
私にも飲み込めた。
その上で、他に気になったことを聞いてみた。
「それじゃ、おじいちゃんはネット将棋のサイトで、その劇団名をハンドルネームとして使用することにしたってことだよね」
「うんうん、そういう可能性はもちろんあるんだけど、あの『H.N.』は、ヒサさんが言うように『ハンドルネーム』という意味かどうかは分からないよ」
「どういうこと？」
それじゃ、あれってどういう意味なのかな……。
私には見当もつかなかった。
「あれはね、イニシャルだと思うよ。ヒサノリ・ハナガイケなら『H.H.』だけど、さっき分かった情報と照らし合わせると……」
「ああっ！ ヒサノリ・ニカイドウで『H.N.』ってこと？」
「うん、多分そういうことだと思うよ」
涼君、すごいな。
そんなことまで分かってるんだ。
「ちなみに、『H.N. ファウンテン』の下にあった数字、覚えてる？」
「え～。そんなの覚えてないよ～。長いし」
「『００３８７５８９４６』 だったよ。数字の羅列は、語呂あわせで覚えると、すんなり覚えられるかも。俺もあのときはこの数字を覚えるつもりも特になかったんだけど、何の気なしに『大宮・名古屋・釧路』みたいだなぁって思って、記憶に残っていたのが、さっき役に立ったんだ」
「え？ さっき？」
何かあったっけ。
「ほらこれ、『１０ケタの数字』だよ」
金庫を指差して言う涼君。
あああ！
そうか！
ようやく私にも理解できた。
「金庫のナンバー！」
「うん、その通り。案外、ヒサさんもそういう語呂合わせで、決めたのかもしれないね」
私は何気なく、金庫の開いた扉の外側を見た。
「あれっ？！ 数字が『００００００００００』になってる！」
涼君も再びそちらに目を移してくれた。
