自宅に到着した私たちは、玄関におじいちゃんの靴があるのに気がついた。
「おじいちゃん、家にいるみたい!」
 私たちは一目散に、おじいちゃんの部屋を目指す。
 私が部屋のドアを勢い良くノックすると、中から「入れや~」というおじいちゃんの声が聞こえた。
 涼君と一緒に私は、おじいちゃんの部屋へと入る。

「ん? どうした? まだ出発には早いように思うんじゃが」
 おじいちゃんは、時計を見ながらのん気に言う。
「おじいちゃん! どうして隠してたの?!」
 私はついつい、キツい口調で言ってしまった。
「な、何をじゃ?」
「さくらちゃん、気持ちはすごく分かるんだけど、落ち着いてね。もしよければ、ここは俺に任せてくれないかな」
 涼君はいつも通り、至って冷静だった。
 ここまで色んな事実を知ることができたのも、涼君のおかげだ。
 私一人だったら、ブログを作ることもせずに、今頃何の進展もないままだったかもしれない。
 だから、私は涼君に任せることにした。

「涼君、いつもありがとう。それじゃ、お願いね」
「うん、任せて」
 涼君はそう言うと、おじいちゃんに向き直った。
 おじいちゃんはイタズラがバレた子供のように、おどおどした様子にみえる。
 やはり、何かやましいところがあるんだろうか……。

「ヒサさんも、元劇団員だったんですね」
「そういうところまで、もう掴(つか)んだんじゃな」
 感心したように言うおじいちゃん。
 でも長年一緒に暮らしてきた私には、おじいちゃんの様子を見るだけで、心理状態がはっきり分かる。
 空威張りしていることが。
 一見、落ち着いているようにはみえるものの、内心、慌てているというか、ドキドキしてるということは、私には火を見るよりも明らかだった。

「別に隠していたわけじゃないぞ。聞かれなかったから、答えなかっただけだ」
 何という屁理屈……。
 絶対、隠してたのに!

「それで何じゃ? わしが元劇団員じゃと、何か不都合でも?!」
 なんでおじいちゃんが、逆ギレしてるんだろ。
 でも、涼君は落ち着いた様子のままだ。
 私も見習わないと……。

「いえ、何も不都合などありませんよ。さくらちゃんに伝えなかったのも、多分何らかの事情があったんでしょうし。済んだことは、もういいんです。ですから……今日こそ、ヒサさんの知っている事実を全て、さくらちゃんに伝えてあげてください。俺たちは色々な情報を得ましたが、まだ結論まで至っていないんですよ」
「しかし、何を話せと? それを言うてもらわんと……」
 うう……絶対何か隠してるのに。
 イライラする……。

「それでは、お聞きしますが……さくらちゃんの持っているキーホルダー、あれとよく似ているものをお持ちですよね? ずいぶん前、和歌山旅行のとき、ヒサさんがそのキーホルダーを落として、慌てて拾っているのを見たことがあるんで」
 おじいちゃんは、ちょっと目をきょろきょろさせはじめた。
 落ち着きを失くしはじめたということは、やっぱり涼君の言うことが図星なんだろうなぁ。
「いや、今すぐ出せるところには置いてないんじゃ」
「じゃあ、お持ちということは認めるんですね?」
「あ!」
 涼君の指摘に対して、おじいちゃんは、ぐうの音も出ないようだった。
 涼君は続けて言う。
「それでは、今どこにあるんですか? 失くされたわけじゃないんですよね?」
「んーと、ああ、そうじゃ。わしの実家に置いてきたかも」
 かなり挙動不審だよ……怪しいよ……。
 ほんとかなぁ。
「うん、だから今日のところは諦めてくれ。今度、そう、明日でもいい。わしが取ってくる」
「それじゃ、明日、よろしくお願いしますよ」
「おう、任しとけ!」
 なんだか、上手く逃げられたような気がするなぁ。
 でも、さすが涼君。
 なんだかんだで、そのキーホルダーを明日見せる約束を取り付けちゃったよ。

「ああ! わしはちょっと郵便局に用事があるんじゃ。ちょっとすまんの。六時までには戻るから、待っててくれ」
「ちょっと待ってよ!」
 明らかに逃げようとしているので、私が呼び止めた。
 すると、涼君が相変わらず落ち着いた口調で言った。
「それでは、ヒサさん。一つだけお願いごとがあります。この部屋をちょっとだけ調べさせてください」
「なんじゃ、そんなことか。自由に調べたらいいぞ。それじゃ、ちょっくら行ってくるからな!」
 そう言い残すと、年齢を感じさせない素早さで、おじいちゃんは部屋を出ていった。
 出ていくというより、脱兎のごとく逃げ出すっていう感じで。