そのあと私たちは、そういうシリアスな話題をやめ、思う存分プールを満喫した。
 しばらく水中散歩のように歩き回ったり、軽く泳いだりしていると、涼君がちらちらと遠くの方へ目をやっているのに気づいた私。
 何を見てるのかな、と私も視線をそちらに向けると、ウォータースライダーがある。
 もしかして、私が泳ぐのを苦手と言ってるから、ウォータースライダーで遊ぶのを遠慮してくれてるんじゃないかなと思った。
 優しい涼君のことだし、きっとそうかも。
 それで言ってみた。

「ウォータースライダー、行きたい?」
「え? さくらちゃんは、ああいうのは平気?」
「平気じゃないけど、涼君があっちをちらちら見てるから、『あれで遊びたいのかな』って思って。行きたかったら、私に気にせずにいってきてね。私は、もちろん見てるだけでいいから」
 高所恐怖症の沙織に比べると、私は高いところも大丈夫なほうだから、多分ウォータースライダーも大丈夫だとは思うんだけど……。
 何しろ今まで滑ったことがないので、そういう怖さはあったから正直に「見てるだけでいい」と言ったのだった。
 もちろん、あまりにも高いところは、普通に怖いけど。
 あのスライダーの高さなら、大丈夫………なはず!

「でも、俺だけ行ってくるのも申し訳ないよ。さくらちゃんが、つまんないでしょ」
「ううん、見てるだけでも楽しいと思うよ。サッカーでも将棋でも、何でもそうかも。将棋でも最近、プロ棋士の対局を見て応援するけど自分は指さないという『見る将棋ファン』という人たちも増えてきてるらしいよ。私は自分でも指せなくもないけど、どちらかというとやっぱり見ているほうが多いかな」
「うーん、そういうものかなぁ」
 涼君は、懐疑的な様子だ。
 なーんか、イマイチ説得しきれてない感じ。
 私としては、あまり気を遣わせたくないし、涼君に楽しんできてほしいんだけどなぁ。

「そうだ、いいことを思いついた! 一緒に行こうよ。二人で滑ればいいでしょ。あのスライダーの専用浮き輪には、一人乗りと二人乗りがあるからね」
「え?」
 たしかにそうだけど、それじゃまるで……。
 完全に恋人っぽい。
 涼君はいいのかな?
 いや、そもそも、私はそういう目で見られておらず、妹の翠ちゃんと同じ感覚で接してもらっているのかも。
 あり得る……。

「一緒に滑るのは恥ずかしいかも。涼君は平気?」
 思い切って聞いてみた。
「そりゃ、俺もちょっと恥ずかしいけど」
 涼君の顔色もみるみる赤くなった。
 あ、やっぱり、多少は意識してもらえているのかな。
 よかった……。
「でもやっぱり、せっかくだし一緒に楽しみたいから。ほら、あそこのお二人も一緒に滑っているよ」
 涼君が指差したとき、そちらを見てみると、スライダーを二人で滑っている人たちが確かにいた。
 あのお二人は、どう見ても恋人かな。
 でも、せっかくこれだけ誘ってくれてるんだから……ようし、思い切って……。
「それじゃ、一緒に行こっか。何事も経験、かもね」
 拒絶し続けていると、涼君とくっつくのを嫌がっているように誤解されかねないという危惧があったし。
 そんな風に誤解されたくないから。

 ……冷静に考えると……。
 私って、実はジェットコースターがあまり得意じゃないんだけど、これ、ほんとに大丈夫かな。
 無理ってほどじゃないんだけど、乗ってると気持ち悪くなるんだよね、ジェットコースター。
 ウォータースライダーもパッと見、ジェットコースターに似てるし。
 不安はある。

「そう来なくっちゃ。それじゃ、行こう!」
 私たちは、スライダーへと向かうことになった。
 私はびくびくしてるのを、必死で隠しながら。



 列に並んでしばらくすると、私たちの順番が来た。
 すぐに滑り台のてっぺんまで移動して、二人乗りの専用浮き輪に座ったけど……。

 想像してたより、高い!
 そして、目の前のトンネルの中が少し暗い上に、カーブがあるために先が見えなくなってる!
 これは、相当怖いかも……。
 そのとき、後ろに来た涼君が足を広げて座ると、私の肩に優しく手をかけてくれた。
 うわ~心臓がバクバクいってる。
 恐怖心から来てる部分もあるのは、確実だけど。
 あまり時間をかけていると、後ろに並んでいる人たちに迷惑がかかるので、私は「それじゃ、行こう」と勇気を出して言った。
 とりあえず、ここには長くいたくない。
 長く肩は触っていてほしいけど。
 軽いジレンマが私を襲う。
 しかし、涼君がすぐ答えて、優しく後押ししてくれた。
「大丈夫だから、安心してね。それじゃ、行こう!」
 そして、私たちは一気に滑り降りたのだった。

 どうにか、専用浮き輪から落ちることもなく、滑り降りた。
 水しぶきも想像していたほどではなくて、着水の衝撃も少ない。
 私たちは無事に降りて、専用浮き輪を返した。
 涼君と一緒だったからか、思ってたほど怖くもなかった。
 そりゃ、お子様も滑っているらしいし、当然といえば当然よね。
 なんであんなに怯えていたんだろ……。

「あっという間だったね」
 両肩のあたりに、まだ涼君の手の感触が残ってる。
 ドキドキしてるのを悟られないように、明るい調子で私は言った。
「物足りない? もう一回行っとく?」
「遠慮しておくよ」
 私が苦笑して答えると、涼君も笑いかけてくれた。
「冗談だってば」



 そのあと、私たちは少し休憩することにした。
 プールサイドにたくさんの椅子や机が並んでいたんだけど、なかなか空いているのは見当たらない。

 しばらくうろうろして、やっと見つけた空いているベンチに、私たちは並んで腰掛けた。

「ちょっと飲み物を買ってくるね。さくらちゃんは疲れてるだろうし、ゆっくり休んでいてね。すぐ戻るから。さくらちゃんは、何が飲みたい?」
 涼君が聞いてくれたけど、自販機の商品ラインナップを知らないので、「涼君と同じのを」と答える。
「それじゃ、適当に買ってくるね」
 そう言うと、涼君は遠くに見えている自販機に向かって歩いていった。



 一人で座って待っていると、数分後、二人組の男の人が私に話しかけてきた。
「君、一人?」
 髪の色が茶と金で、二人ともこんがり焼けた肌の色をしている。
 金髪の人は、両耳にピアスをしていた。
「ああ、いえ、友達と来ています」
「それじゃ、友達も一緒でいいや。一緒に遊びに行かない?」
 知らない男の人から、こんな風に声をかけられたことは初めてだ。
 とりあえず私は、その場から逃げ出したい気分でいっぱいだった。
「いえ、ご遠慮しますね」
「そう言わずにさぁ~」
 茶髪の人が、なれなれしく私の手首をつかんできた。
 ちょっと……いや、かなり怖い!
 そのとき、涼君の声が聞こえた。
「お待たせ!」
 涼君は私にそう言ってジュースを渡してくれたあと、二人組の男の人たちに向かって言う。
「デート中なので、すみませんね」
 二人組の男の人は、軽く舌打ちすると、何も言わずに立ち去っていった。
 涼君の方が明らかに体格がいいから、恐れをなしたのかもしれない。
 ホッと一安心。
 あ~怖かった。

「ごめんね。もっと早く戻ってこないといけなかった……。怖い思いさせちゃったね」
「ううん。こちらこそ、面倒をかけちゃってごめんね」
 やばい、ますます涼君のこと、好きになっちゃう。
 今ですら、もうどうしようもないくらい、大好きなのに。

「あと、つい成り行きで、デートって言っちゃって」
 申し訳なさそうな涼君。
「でも、これって……デートじゃないかな?」
「え?」
 私の言葉に固まる涼君。
 ま、まずい……。
 我慢しきれず、ついつい、思ったまま言っちゃった。
 何言ってんだ、私~。
「ごめん、その、えっと……」
 言葉が見つからない。
「デートってことでも、さくらちゃんは迷惑じゃないの?」
「私は、全然」
「な、なら、それでいいかな」
 涼君も迷惑じゃないんだ、よかった。

 そのあとはお互い何だか意識しちゃって、口数は少し減ってしまったけど、それでも涼君と一緒に遊べて楽しかった。