リビングには、美優さんがいた。
 テレビを見ながら、くつろぎ中のようだ。
 他のみんなは、それぞれの部屋に戻っているとのことだった。
 私たちはさっそく、一髪屋さんのことを聞いてみる。

「ええ~~! 二人とも知らないの? ジェネレーションギャップ!」
 美優さんが大げさに驚く。
「母さんは知ってるの?」
「モチのロンよ」
 な、なんか古めかしい表現だ……。
「大ヒット曲『ふられた今宵に、わななき夜桜』で一世を風靡したアイドル歌手だよ」
 な、なんかすごい曲名……。
「なんちゅう曲名だ」
 同じことを思ったのか、涼君が言う。
「他の曲で、有名なのって何かな?」
 私が聞いた。
「うーん、私は他に知らないなぁ。でも『わななき』だけは、年間売り上げでトップテンに入り、たしかミリオンも達成していたはず」
「うわぁ、そこまでの大ヒットはすごいね」
 私は感心した。
 じゃあ、かなりの有名人ってことじゃないのかな。
 うなずきながら涼君が、続けて美優さんに聞いた。
「そうだよね。ってか、どうして最近はテレビに出てないのかな、その一髪屋さん。母さんは最近、テレビで一髪屋さんを見た?」
「最後にテレビでその人を見たのは、もう七年ぐらい前かな。『あの歌手は、今でもこんなにスゴイ』だったっけ。そんな感じの番組で、歌ってるのを見たよ。ルックスがアイドル時代とは別人で、びっくりだったけど、歌唱力はそんなに変わってなかったよ。それ以前となると……『わななき』が売れた時から二年間ほどはよく見たけど、それ以外の時期にテレビでは見た覚えがほとんどないなぁ」
 美優さんは、遠い目をしている。

「で、で、どうして急にその人のことを知りたくなったの?」
 元気な調子がすぐ復活する美優さん。
 私たちは、事情を説明した。



「う、うわ~! ま、まさか、さくらちゃんって、一髪屋さんの娘さんかもなの?! わななきさくらちゃんだった?」
「まだ、その可能性が出たに過ぎない段階だよ。あと、最後の部分、さくらちゃんに今すぐ謝って。意味不明な上に、失礼でしょ」
 その最後の部分、私は聞いてふきだしそうになったんだけど、涼君は私を気遣ってくれたみたい。
 美優さんはすぐ「ごめんね」と素直に謝ってくれたので、「いえいえ、別にいいよ」と返しておいた。
 実際、全く気にしていないし。

 それにしても、一髪屋さんがそんなに有名な人だったなんて。
 やり取りしているメールの文面を見る限り、堅苦しい人ではないだろうという想像はできたけど、それ以上の人となりは、あまり想像できなかった。
 どんな人なのかな……。

 私たちは美優さんにお礼を言うと、また涼君の部屋に引き返した。



 涼君のパソコンでネット検索すると、色々と新情報がでてきた。

 美優さんの言うとおり、『ふられた今宵に、わななき夜桜』という曲が、今から十五年ほど前に大ヒットしたらしい。
 涼君と私は、当時、二歳くらいかぁ。
 そりゃ、知らないはずよね。

 その他にも、週間ランキングで二十位以内に入った曲が一曲だけあるらしいけど、『わななき』のインパクトが世間では強いようだ。
「そういえば思い出した。もう七年くらいは、前かなぁ。『なつかしのヒットソング一挙公開』みたいな感じのテレビ番組で、この人の過去映像を見たことがある気がする」
 私も、どこかのテレビ番組で見たような記憶は、なくもなかった。
 でも、最近は見ていなかった気がするし、はっきり思い出せない。
 それは涼君も同意見のようだ。

 ネットでは写真も出ていた。
 そのほとんどが、人気絶頂の頃のものと思われる、アイドル風の衣装で歌う一髪屋さんの姿を写したものだ。
 昭和風イケメンな雰囲気だった。

 ただ、「この人が父親かもしれない」といわれても、正直ピンと来るものはない。
 八重桜さん、本間さんのときと同じく。
「八重桜さんや本間さんと会ったときも思ったことなんだけど……」
 私は思ったことをそのまま言った。
「正直、八重桜さんも本間さんも一髪屋さんも、『私の父親かな』って風に考えると、ピンと来るものがないんだよね……」
「ずっと会ってなかったから、どうしてもそう感じてしまうのかもね。その三人の中に、実のお父さんがいる可能性は、十分にあるとは思うよ」
 涼君は力づけるように言ってくれた。
「あれ? でも涼君は一昨日、『実の親子なら、会えばすぐ分かるはず』みたいなことを言ってなかったっけ?」
「うっ……よく覚えてるなぁ」
 涼君は困ったように笑う。



 その後、しばらくたわいもない話をしてから、今日二度目のおやすみの挨拶をして、私は自分の部屋に戻った。
 今日も色々あったなぁ……。
 一髪屋さんって、どんな人なんだろう。
 性格は、実際に会ってみないと、分からないな。
 
 気になることは色々とあったけど、とりあえずシャワーを浴びたあと、お布団に入る。
 すると、疲れていたこともあってか、いつの間にか寝入っていた。