「ああ、ブログをチェックしないと」
 ふと思い出した私が言う。
 これには、話題をそらす意図もあった。
 すぐパソコンを立ち上げてくれる涼君。
 そしてチェックしてみると、なんと十七件もコメントがついている。
 中には励ましのコメントもあり、すごく傷ついている私の心に、ゆっくりと染み渡っていくのを感じた。
 傷ついている理由は違うけど、そんな深いことをいちいち考える余裕もなくて。
 そうしてコメントを確認していくうち、一件、とても気になるものを私たちは見つけた。



「はじめまして。
 歌手をやってる一髪屋陽一(いっぱつや よういち)です。
 思うところありって感じなんで、メールもらえますか?」



 文章はそれだけだった。
 何だか、軽い調子だ。
 八重桜さんのコメントと比較すると、より一層そう思う。
 だけど、大事な情報かもしれないので、すぐに涼君にメールを送ってもらった。

 しばし待ってみたが、すぐに返事が来る様子がない。
 私たちは、コメントチェックを再開したけど、他のコメントで気になるものは見当たらなかった。

「返事待ちということになるね」
 涼君が言った。
「うん」
 答えた私の心の中は、別のことでいっぱいだった。
 そっとうつむく私。

 私は、どうしようか迷っていたのだった。
 このまま、単刀直入に、あの写真のことを尋ねるのか、それともそっとしておくかを。
 少し落ち着いたのは確かだったけど、依然として心にトゲが刺さったみたいな状態だったし。
 こんな気持ちのまま過ごすのは、もう耐えられないと思ったから。
 それに……もしかしたら、あの写真の子と、もう別れてるかもしれないと、淡い期待もあった。
 もし、遠距離恋愛とか何とかで、涼君とあの子との仲がまだ続いてるのなら、私には絶望しかないけれど……。
 私は勇気を振り絞って、聞いてみた。

「あの……その……」
 ううう……言いづらい。
「ん? どうしたの?」
「えっと、あそこに、お写真があるよね」
 私は、机の上を指差す。
「ああ、スイと一緒に撮ったやつだね」
 スイちゃんって言うのか……。
「勝手に見ちゃってごめんね」
「いやいや、別に見るくらい、いくらでもいいよ」
 涼君はそう言うと立ち上がって机まで歩いていき、写真を手に取る。
 そして、「もっと近くで見てもいいよ」と言いながら、それを私のもとまで持ってきてくれた。
 涼君、堂々としてる……。
 これって全然、「元カノと一緒の写真」を持ってくる態度じゃないよ……。
 完全にこれは、今も交際中なんじゃないかな……。
「さくらちゃんにも、早く会わせたいな。もうすぐ帰ってくるかもって言ってたから、きっと近いうちに会えると思うよ」
 うぅ~。
 心にズキーンと来る……。
 涼君は私の気持ちを知らないから、仕方ないよね。
 全く知らないんだし。
「この子が、えっと……スイさん?」
「うん。ああ、さくらちゃんより年下だし、『さん付け』しなくてもいいよ」
 年下の彼女さんなんだ……。
 私は半ば、放心状態になりつつあった。
 恋が……終わっちゃった……。
「ね? 可愛いでしょ? でも兄妹なのに、俺とはあまり似てないってよく言われてるよ。さくらちゃんは、どう思う?」
 ええええ!
 妹さんだったのね!
 彼女さんじゃなかった!

「涼君、妹さんがいたんだね!」
「あれ? 誰からも聞いてなかったっけ」
 涼君は、きょとんとしている。
 何だか、勝手に悩んで、涙まで流して……自分が恥ずかしい。
 なんで思い込んじゃったんだろ……。
 それと同時に、安心して涙が出そうになるのを、辛うじてこらえた。

「さくらちゃんの部屋の隣、あそこの部屋のドアに『翠』って書いてあるでしょ。あの部屋がスイの部屋だよ」
「ああ! スイちゃんって、あの字を書くんだ」
「ミドリだと思った?」
 涼君は、面白そうに笑っている。
「まぁ、普通はそう読むよね。普通はね。でも、うちの母さん、普通じゃないでしょ。父さんいわく、母さんが名づけたそうだから」
「ぷっ」
 美優さんには申し訳ないけど、私もふきだしてしまった。
「母さんには内緒だよ。しーっ」
「はぁい」
 もっと早く聞けばよかった。
 でも安心した………ほんと、よかったよ~。

「それで、さっき『帰ってくるかも』って言ってたけど、妹さんは、今はこの街にはいないの?」
「うん、留学中なんだ。今年の春からイギリスにね」
「うわ~、行動力がすごいね!」
 海外に留学中だとは思わなかったから、びっくりだった。
「うんうん、翠は俺より一つ年下なのに、行動力では俺よりずっと上かな」
「自慢の妹さん?」
「うん、そうかもね」
 涼君は照れたように、頭をかいた。
 写真からも仲良しそうなのは見て取れたし、なんだかほほえましかった。
 私にもきょうだいがいたらなぁ。

 そこで、ハッと我に返る。
 それよりまず、私は、実の両親を探さないとだ。

「帰り道で話した、りんごあめの話は、翠から聞いたんだ」
「ああ、なるほど~」
 そっか~、翠ちゃんからの情報だったのかぁ。

 それからしばらく雑談したあと、私は涼君におやすみの挨拶をして自分の部屋に戻った。



 部屋に戻った私はパソコンを立ち上げた。
 何となく気になって、チェリーブロッサムのニュースはないかと探す。
 本間さん、どうしているかな?
 すると、別の記事が目を引いた。

 なんでも、ププセラ王国なる国の皇太子が、お忍びで来日中とのことだ。
 大阪や京都を回っているらしい。
 ニュースになってたら、お忍びでも何でもないと思うんだけど。
 そもそも、こんな国、聞いたことないんだけど、どこにあるんだろ。
 元々、私は地理が大の苦手だしなぁ。
 アフリカが国じゃないということを、最近知った。

 まぁ、京都っていっても広いからすれ違うこともないだろう。
 私には関係ない話なんだけど、つい気になって記事をチェックしてしまった。

 そんなとき、誰かがドアをノックする音が響く。
 その直後、ドア越しに涼君の声が聞こえた。
「ごめんね。一髪屋さんから返事が来たから、ちょっと俺の部屋にまた来てくれるかな」
 早くももう、お返事が来たんだ。
 私は「はぁい、すぐ行くね」と答えてドアを開け、涼君の部屋に戻った。



 涼君の部屋で、一髪屋さんとメールのやり取りをした私たちは、「善は急げ」ということで、さっそく翌日に会う約束をした。
 一髪屋さんは現在、大阪にお住まいのようなので、東京の八重桜さんとは違ってすぐに会えることに。
 涼君は、今回も付き添いを快諾してくれた。
 メールのやり取りで分かったんだけど、一髪屋さんも、八重桜さんと本間さん同様、私の父親だと名乗り出てくださったらしい。
 これで三人目だよ……父親候補。
 いったい誰が、本当のお父さんなの……?
 私は泣きたい気分だった。

「それにしても、失礼ながら、私は一髪屋さんのお名前を聞くのは初めてだよ。歌手っていう話だよね?」
「そうみたいだね。俺も初耳」
「ねぇ、美優さんたちなら知ってるかな?」
 私たちよりも上の世代の人なら、ひょっとしたら知ってるのかもと思ったので。
「その可能性はあるね。ちょっと聞きに行こっか。ネットで検索してもいいんだけど、まずは身近な人の感想や意見を聞いておきたいね。あとでネットでも調べてみよう」
 私たちは、階下のリビングへと向かった。