そこで、私はハッとした。
 まさか、同じアザが私にも?
「その表情、気づいたようだね。そう、お前さんにもあるんだよ、同じのが」

 私は急いで、本間さんと同じように左ひじを顔の高さまで上げると、必死になってその部分を確認した。

 あああっ!
 確かにあった!
 本間さんのものよりも、はるかに薄く、形も少し違ったが、確かに似たアザがある。
 私のは、漢字の「二」を縦にしたものと見立てた場合、短い棒の部分が点といっても過言ではないほど短かったんだけど。
 それでも、本間さんのアザと似ているということは、私にもはっきり分かった。
「確かにありますね……。でも、アザって遺伝するものなんですか?」
 私は疑問に思ったことを質問してみる。
「遺伝することもあるらしい。事実、僕のこのアザは遺伝だ。僕の父、つまりお前さんの祖父からのね」
 私は考え込んだ。
 身体の同じ箇所に、似たようなアザがあるなんて……。
 もし、私たちが他人だった場合、そんな偶然は起こり得るのだろうか?
 本間さんが、本当に私の実の父親でない限り、そんな偶然など……。

「そんな偶然あり得ると思うかい?」
 私の考えを読み取ったかのように、本間さんが言う。
「むろん、このアザこそ、僕たちが親子だという決定的な証拠だよ。そして、胡桃ちゃんがお前さんの母だというのは、さっきの写真で納得してくれただろう?」
「え、ええ………」
「まぁ、すぐに受け入れることが難しいのは、しょうがないさ。時間はたっぷりある」
 気にするな、という調子で、本間さんは私の肩をぽんっと軽く叩いた。
「お前さんの考えはよく分かるよ。僕がチェリーブロッサムのボスである以上、父親だと認めたくはないのだろう」
「いえ、そんなことは……」
「無理しなくてもいい」
 本間さんは、優しげな微笑を浮かべている。
「僕はただ、知っておいてほしかっただけなんだ。お前さんと僕、そして胡桃ちゃんのつながりをね。そういえばチェリーブロッサムというこの名前だって、お前さんの名前に由来しているんだよ。僕たちが仕事を終えた後、現場に切り紙で作った桜の花びらを残していくのもね。そして、もう一つ、心に留めておいてほしいことは……あの八重桜のヤツの大嘘だよ。ヤツが父親のはずがないじゃないか!」
 最後の部分を言うときだけ、苦虫を噛み潰したような顔になる本間さん。

「そうだった。あと、このことも知っておいてほしいんだ。八重桜の会社の採用担当として、部下の崎村を送り込んでいるのは、車の中で話したとおりだけど、どうしてだと思う?」
 私には見当もつかなかったので、黙っていた。
 本間さんは言葉を続ける。
「分からないようだね。じゃあ、ヒントを。僕たちチェリーブロッサムが狙うのは、不正を行ったり、誰かを不当に苦しめたりして、利益をあげている団体や人物であるというのは、知っていると思う」
「まさか……」
「そう、八重桜グループがまさにそれだからだ。そういう噂が耳に入ったので、僕は、崎村ら部下を三名も内部に送り込んだんだよ。下調べなどの準備のためにね。するとどうだ。詐欺まがいのことまでやっているではないか。まぁ、この話を信じるも信じないも、お前さん次第だがね。警告だけはしておきたいんだよ、お前さんの父親として」
「ありがとうございます」
 どこまで信じていいのか、私にはさっぱり分からなかったけど、その心遣いに対してお礼だけはしっかり言っておいた。
 今日は色々ありすぎて、頭が混乱しっぱなしだ。

 そこまで真剣な表情で話していた本間さんだったが、一転して陽気な表情に戻って言った。
「さて、この話はここまでにしておこう。さっきも言ったとおり、時間はたっぷりあるからね。ゆっくりでも少しずつでもいいから、理解していってもらえればうれしい。……ところで、何分経ったっけ。今日に限っていうと時間がそんなにないからね。二時間以内って約束してたしな」
 本間さんは腕時計で時間を確認した。
「ん、もうあまり時間がないな。今日はありがとう。それじゃ、お連れの彼のもとに送っていこう」
 私はあまりコーヒーに口をつけていないことに気づき、慌てて飲み干した。
「そんなの、無理して飲まなくていいのに」
 本間さんは少し笑って言う。
 薄々、気づいてたけど、けっこういい人なのかも。
 そして本間さんは、私を東京駅の近くまで送っていってくれた。