「誰にでも…あんなこと、するわけじゃないから。」

課長が、真剣な声で言った。

「河本さんは部下だけど…。俺は、本当に駄目な奴だって思うけど…。

その場の勢いなんかで…、したわけじゃないから。」

課長と目が合わせられない。

「はい…。」

しばらく沈黙があった。

「あの…私、なんか、あの日は…すごい、今思い出すと、恥ずかしいっていうか、なんか、はしゃいじゃって…。

なんだか逆に申し訳なかったなって…。」

「いや…嬉しかったよ…。」

課長に言われて、私は黙って課長を見た。

「いい年して馬鹿みたいだって自分でも思うけど、すげー嬉しかった。」

課長の顔に笑顔はなかった。

緊張しているように見えた。

「…だけど、課長、私のこと、好きなわけじゃないんですよね?

あのとき、言ってましたよね…?」

「だって、好きだなんて、言えると思う?

自分は、結婚していて…、そんな、好きだなんて、言う資格、俺にあると思う?

言ったところで、君に何がしてあげられる?」

課長は辛そうに言った。

なかなか私の方を見てくれなかったけれど、私が見つめていると、課長はようやく私をまっすぐに見つめてくれた。

「何をしてほしいとか、そんなこと…考えたことありません。

私はただ…好きなんです。

課長が結婚してるって、知ってても…でも、好きなんです。

一瞬でも、課長から気持ちがもらえたら、それだけで、信じられないくらい、幸せなんです。」

こういうの、日陰の女って言うのかな。

今言葉にしていることは、私の正直な気持ちなのに、心の奥の方で、そう自嘲的に笑う私がいた。

でも、好きなんだ。

課長じゃなきゃ、駄目なんだ。