「・・・まさか、副部長がこのタイミングでインフルエンザとはね・・・。」


 課長がそう言って深いため息をついた。

 二つ並んだ席の窓側に私、通路側に課長が座った。


「本当ですね・・・。

今日の打ち合わせ、大丈夫でしょうか?」


「ああ、それは大丈夫。副部長は、付き添いみたいなものだから。

 実際の内容に関しては、僕と河本さんでなんら問題ないよ。」


「台風も近付いているみたいですしね・・・。」

「ああ、そうみたいだね。

 最近忙しくて、ニュースを見る暇もなかったから、気がつかなかったよ。

 ・・・今回の出張、無事終わるといいけど。」

「本当ですね。」


 課長が、持っていたコンビニ袋から、ジャスミンティーをくれた。


「とはいえ、河本さんが今朝遅刻しなくてよかったよ。

 もしそうだったら、責任感じちゃうとこだった。」


 そこだけ聞いたら誤解しそうなことを課長がさらりと言う。


「まあでも、河本さんが遅刻なんて、ないもんな。

 自分の心配しろって感じだね。」

 課長がそう言ったところで、課長の携帯電話が鳴った。


「部長からだ。

 ちょっとデッキで電話してくるよ。」


 そう言って課長はデッキへと出て行った。

 課長の姿が見えなくなると、私はふう、と大きく息を吐いた。


(課長が隣に座っているだけで、本当に緊張する。)


 まさか、副部長がインフルエンザなんて、なにかの冗談としか思えない。


(副部長のやつ・・・まさか、わざとじゃないでしょうね?)


 副部長が、まさかのキューピッド?

 ・・・いやいや、そんなわけ、ないない。

 頭を冷やそうと、新幹線の窓から外の景色を眺める。

 のどかな風景が広がっている。


(・・・まあ、二人だからって、別にどうということもないわよね。

 単なる出張だもん。

 ・・・って、どうにか接近しようと思わない?普通。

 私、課長のことが好きなんだから。)


 そうは思ってみたものの、精神的に辛い立場にいる課長につけこむようなことはしたくなかった。


(もう少し・・・奥さんのことを聞いてみたいけど・・・、課長はあまり話したくないかもしれないし。)


 もやもやと考えていると、課長が戻ってきた。

 ふわりといい香りがする。なんの香りだろう。柔軟剤かな?


「部長から。

 副部長はいないけど、なんとかうまくやるように、だって。

 全く、困っちゃうよな、ほんと。」


「そう・・・ですね。」


「まあ、大丈夫。心配することないよ。

 打ち合わせが終わったら、なにかうまいものでも食べて帰ろう。

 僕がおごるよ。」


 そう言って課長が笑った。


「仙台まで、しばらくかかるから、寝るなり本を読むなり好きにしたらいいよ。

・・・僕は、少し寝ておいてもいいかな?

 実は、昨日あまり眠れなくて。」


「はい、もちろん大丈夫です。」


 しばらくすると、課長は本当に小さな寝息を立てて眠り始めた。


(か、課長が・・・寝てる・・・!)


 そうっと顔を覗き込む。


(寝顔・・・可愛すぎる・・・。)


 反則レベルの無防備な姿の課長に、興奮を抑えきれない。


(あー、襲っちゃいたい。)


 私のほうは、課長の寝息にドキドキしすぎて、仙台に到着するまで眠れずじまいだった。