私は一瞬何のことかわからなかった。
「あ、橋谷さん、楽譜こっちだよ」
数メートル先の音楽準備室から先生の声で我に返った。
私は先生の元に行く。
「ありがとうございます」
そう言ってから、今来たところを引き返した。
待っててくれた石坂くん…いや、石坂と並んで歩いた。
やっぱり沈黙が続く。
今度は私から話し出す。
「石坂」
石坂はびっくりしたような目で見た。
「うん?」
「さっきウチに何であんなこと言ったの」
「だってさ、石坂くんとか初めて言われてびっくりしたんだもん」
確かに石坂は、下の名前が珍しいだけあって、同じ小学校の人達からは月斗と呼ばれている。
「なんかごめん」
「いや、違くて。橋谷はそんなに俺にだけ距離置いてるのかな、って思ってさ」
半分正解で半分不正解。
事実、私は男子と距離を置いている。
しかしそれは、男子全般に対してなので、石坂だけというわけではない。
「俺にだけって…ウチ、男子とあんまり喋らないじゃん。見てたらわかるでしょ」
つい口調が強くなってしまった。
「なんで男子と喋らないの?男子のことそんなに嫌?俺がこうやって話しかけてるのも迷惑?」
私はゆっくり頭の中で整理した。
そして言った。
「ごめん、石坂には悪いけど、男子ってなんか話しづらいんだよ」
「俺も話しづらい?」
改めて聞かれると、よくわからなくなってきた。
話しやすい、話しづらいの基準はいったい何なのだろう。
「こんなに男子と会話が続くの、初めてかもしれない」
「そっか。じゃあ俺、橋谷の一人目だ」
「ちょっとよくわかんないかな」
私が笑いながらそう言うと、石坂も笑ってくれた。
みんながいる音楽室まであと少しだ。
