「あ…うん」
あまりにも突然で、私はそれしか答えられなかった。
それから班ごとに集まって、ピアノを弾く人と、リーダーを決める。
「やっぱさ、ピアノは萌絵がいいよね」
恵美ちゃんが言った。
「いや、こいつも弾けるから」
高田が言ったのは…石坂くんのことだった。
「いーよ、女子にやらせよーぜ」
石坂くんは困ったように言った。
「ウチ、みんながやらないならやるけど」
私が言うと、みんなが拍手した。
「さっすが萌絵ー!萌絵なら安心だ」
恵美ちゃんが微笑んで言った。
「んじゃ、リーダーお前やれよ」
と、渋谷が言った。
石坂くんは、しょうがねぇなという顔をして先生のところへ報告しに行った。
「橋谷!」
しばらく話していると、遠くから私を呼ぶ声がした。
見ると石坂くんだった。
「先生が、楽譜取りに音楽準備室まで来いって」
「わかった」
素っ気ない返事して、教室を出た。
後ろから足音が聞こえてくる。
振り向くと石坂くんだった。
「俺も行くわ」
石坂くんの笑顔、初めてよく見た気がした。
音楽準備室までは同じ階だけど、思ったより遠い。
前に、友達と行ったこともあるけどその時よりもより遠く感じた。
しばらく沈黙が続く。
何か喋ったほうがいいのかと話題を探していたら、石坂くんのほうから話し出した。
「朝さ、俺の名前最後まで言った?」
意外なことを聞いてくるのだと思いながらも、正直に答えた。
「言ってない」
「だよな、途中チャイム鳴ったもんな」
なぜそんなことを聞くのだろうかと考えていたら、石坂くんが慌てて言った。
「いや、別に変なこと言うつもりはないんだけど、橋谷が俺の下の名前知らないんじゃないかと思って。ほら、初対面だと漢字があれだから大抵聞かれるんだよ」
「いしざか…くん」
無意識に口から言葉が出た。
石坂くんは驚いたような顔で、だけどすぐに笑った。
「そだよ。下の名前はつきと」
よかった。合ってた。
それだけのことなのに、なぜかすごく安心した。
「ん、覚えとく」
私は安心した様子を悟られないようにと、足を早めた。
石坂くんより私が前に歩くかたちになった。
ふと、石坂くんが言った。
「橋谷。呼び捨てにして」
