(仮題)アイネクライネ


バイト先の【カフェ 金魚】は、川沿いの道とは反対側にあり、【画廊NOBARA】からまっすぐに自転車で15分のところ。

ところどころにできた水溜まりをさけ、わたしは走った。
跳ねた雨がジーパンの裾をぬらす。
走ったせいで傘が大きく揺れて、トレンチコートや髪の毛もぬらす。

思わず時計を見やる。

ーーー9時45分。

これなら始業時間にギリギリだが、間に合う。


ずぶぬれ覚悟でわたしは走った。




【カフェ金魚】と書かれた、小さな白い看板が店先に置かれている。
このカフェは、周りの西洋モダンの建物とは調和があまりない現代的な建物で、平たい屋根が特徴的だ。


ーーー9時56分。


荒い息を整えながら、ホッと息をつく。


「 はぁ。間に合った…」


店先の、ちょうど雨がしのげる場所で、傘を閉じ、ハンカチでぬれた顔やトレンチコートを拭く。
拭くまで気がつかなかったけど、メッセンジャーバッグはビショビショだ。


思わず空を見上げる。

ーーーすごい雨。

ザァーザァーと雨の音。

【画廊NOBARA】を出たときよりも、雨が増してるように感じる。

ため息を一つつくと、カランカランとお店の扉が開いた。



目を向けると、見たことのない長身の男の子が立っている。年はわたしぐらいだろうか。
前髪が長くてその表情は読みとれないけど、わたしの顔をジッと見ている。


「…瑞希…」


彼は小さな声で、わたしの名前を呼んだ。