気がつくとタクシーが目の前を通過した。


彼女をここまで追い詰めるものは一体なんだろう。


何台かタクシーが通過したしたが、俺は何も言えなかった。


彼女も瞳に涙を沢山浮かべて俺を見ていた。


タイトなスカート、上手くまとめた髪、綺麗に塗られたネイル。


耳で揺れるピアス。


こんなに綺麗な人だったんだな。



でも、俺の心の中にはもうずっと前から一人の女の子がずっと住んでいる。


その子は、ネイルもピアスもしていない、化粧はしていないのに、俺にはだれよりも


美しく写っていた。


そう、あの日の彼女だ。


俺に甘えて寄りかかってきた、あの日の彼女だ。


「ごめんなさい、俺好きな人います。だから駄目です。別の人探してください。」


俺は素直にそう答えた。


暫く考えたのち、彼女はこう言った。


「それは、いつも飲み会に来る女の子?」


俺は素直に白状する。


「違います、大学生の時付き合っていた女の子です。もう結婚してるんですけど。」


そう話しているうちに、頬を涙が伝っていくのを感じた。


駄目だ、俺相当酔ってるわ。


なんで香織にこんなこと話してるんだ。


なんで無様に涙を流しているんだろう。


視界が涙でぼやけて彼女の顔が滲んでいた。


暖かい手が涙を拭った。


香織の手はこんなにも暖かく優しかったのだと知った。


切なそうな顔が、苦しげな笑顔を浮かび上がらせた。


「合格、分かった。これ以上言わない。貴方も他言無用ね、任せておいて。」



そう言い残すと「今日は付き合ってくれて有難う。またね。」と言って、


しっかりした足取りでタクシーを拾うとさっさと乗り込み帰っていった。


なんだよ、酔ってたんじゃないのかよ。


俺は鼻をすすると、涙で濡れた頬を服の袖でごしごし拭いて駅へ向かって歩き出した。


通りすがりの人達が全然知らない人ばかりっていいな、と思った。


一人で居たくない時ってあるもんだから。