サクラと密月



俺は一人の部屋でメールを何度も確認した。


そして飽きるほど繰り返して確認をし、夕日で赤くなった部屋で一人缶ビールを開けた。


ああ、ビールって旨いんだな。


例えば心の中に、ある辛い気持ちと嬉しい気持ち両方がある時、上手に辛い気持ちだけ


消してくれるのだ。


そして、その幸せな気持ちにだけ浸らせてくれる。


ふわふわとした世界の中で。


今夜だけだけはこうして幸せな気持ちの中で眠りにつこう。


彼女の甘い記憶の中で。




その夜、俺は夢をみた。


それは学生だった頃の夢。


あの初デートの事だ。


彼女が頑張ってオシャレしてきたのに、踵が痛いと文句を言う彼女に怒っている。


そんなヒールの高い靴を履くからだと俺。


帰りのバスの中、彼女が拗ねて靴を脱ぐ。


そして足をさすりながら、俺に寄り掛かってきた。


俺は馬鹿だから、あの時の彼女の仕草のサインに気がつかない。


ああ、あの時それがどれだけ大切で、愛しいものだと云うこと。



こんな今になって気がつくなんて。


本当におれは馬鹿だと思う。


自然に瞳に涙が溢れ、無くしたものの愛しさに涙が止まらなかった。



外は雨が降り出していた。


音もなく降る雨。


優しく暖かい雨。


その音が、彼女が結婚した日を思い出ださせた。