その日俺は夕方まで東京駅彼女を待った。
何度も携帯に電話したが、彼女が電話に出ることはなかった。
結局その日はそのまま家に帰った。
未羽からも何の返事もなかった。
俺も誰とも何も話す気になれなかった。
東京駅に取り残された俺の気持ちだけが、ぐるぐると頭の中を駆け巡った。
次の日もその次の日も蘭のことばかり考えている。
そんな自分に戸惑った。
甘い甘い、でも少し苦いこの胸の中のもの。
あの日の彼女の言葉、仕草、そんなものを何度も何度も繰り返し思い出していた。
その記憶の中、何度も何度も考えた。
自分は一体、彼女の何を見ていたのだろう。
彼女のその仕草や言葉の中から彼女のメッセージを捜しつづけた。
そうしていることが一番幸せに感じた。
一人朝起きたとき。
朝食を取るとき。
歯を磨くとき。
彼女はいつも自分の中に居て、彼女と一緒に生活している様に思えた。
以前学生の頃彼女と付き合っていた時とは全く違う別の感情が沸き上がってくるのを感じた。
そして同時にその思いのその先を考えずにはいられなかった。
もう人の物となった彼女を思うことは、してはいけない事だと思う。
もし俺が蘭と結婚して、蘭が他の男と一緒に何処へ行ってしまったり、そんな関係になったとしたら
今の俺には耐えられないだろう。
彼女を一人で独占していたい。
いつまでも彼女の笑顔を見ていたいのだった。
だから電話をすることも、メールを送ることもためらわれてしまう。
それが彼女を追い詰めたりしないかと。
彼女を苦しませてはいないかと。
その気持ちが入り交じり、俺を引き裂く。
その痛みこそが、甘く痛いのだった。

