サクラと密月



彼女はイタリアンレストランに連れっていってくれた。


個室のあるバイキング形式の店だ。


「ここよく友達と一緒に来るんだ。」そういって笑った。


あまり聞きたくはないけど、社交辞令として結婚生活に話を向けた。


「そう言えば、まだ御祝いってなかったね。結婚おめでとう。結婚生活はどうですか。」


そう言われると彼女はとても驚いた顔をしてうつ向いた。


そして顔を赤くして、笑顔で有り難うと言った。


「私も恵介の噂よく聞くよ。凄く頑張ってるって。」


そう言われるとまんざらでもない。


「えー、誰だよ。俺はいつも皆の頑張ってる話しか聞かない。」


そう言って笑い返す。


「私の友達。皆恵介を紹介してってうるさくて。」


彼女もそう言って笑った。


「え、誰、誰?」


少しふざけてみる。


彼女が笑顔で首を振った。


 懐かしいその仕草が俺をドギマギさせる。


そんな自分を見透かされないよう、 俺は何人かの彼女の友達を思い出してみた。




すると不意に、彼女と一緒に行った蒲郡の海を思い出した。


バイトで貯めたお金で初めてデートした場所だ。


電車とバスを乗り継いで行き、帰りは二人とも電車の中で寝てしまった。


車が欲しいと心底思った。あの夏。


初ボーナスを頭金にして買った車も、実家に置きっぱなしになっている。


彼女を乗せることしか頭になかったから。