サクラと密月


 

何より悩んだのは家事だ。


勉強しかしてこなかった自分は、家事が全くできなかった。


夫が住んでいた部屋に一緒に住み始めたので、自分の場所はなかった。



新鮮だった毎日は、やがて色あせていった。


そのうち一日が長くなった。


気が付けば、白い壁に囲まれている自分にようやく気が付いた訳。


やることも無くて、テレビをただ見ている毎日。


テレビの中で時々大学生が楽しそうにしているのを見ると、学生時代が懐かしく思い出された。



そんな時、テレビで蒲郡の海を見かけた。


そして圭介と初めて行ったデートを思い出した。



ヒールの靴を履いたせいで傷んだ足。


バスの中でそれを理由に圭介に甘えていた自分。



そして綺麗な海。



デートなんて興味がなかった彼を無理やり誘った日。



バスの中でも文句を言う私に怒っていたっけ。



鈍感な圭介。



なんで私が彼に甘えているかちっとも分かっていなかった。


それ以上にわかっていなかったのは、自分の方だと今気づいた。


テレビの中に映るあの時と同じ美しい海が広がっていた。



あんなに心の底から自分をさらけ出せる存在。



それこそが特別なんだと。


その事に気付いた自分を、もうどうしようもなく止めることは出来なかった。



本当は圭介と会ったあの日、夏の友達を圭介に紹介するはずだった。


私は前日、夏に嘘をついた。


「ごめん、明日急に主人と出掛けなきゃいけなくなった。」と。


夏は学生の頃と同じで、心よく承知してくれた。



そして圭介にメールを打った。



そして、彼に会ったのだった。



思った通り、彼は素敵になっていた。


何より一緒にいるのがこんなに楽しいと思わなかった。


いつもは抑えていたさみしいという気持ちが、彼の前で溢れ出るのを止めることはできなかった。


それがあの涙の正体だ。