「……お兄ちゃん…………」
その日の夜だった。
お母さんたちはもう帰ってしまい、病室にはお兄ちゃんと私の二人だけしかいない。
「なんだ?」
「もう帰っていいよ? 若菜(ワカナ)さん、きっと待ってるよ」
もう消灯時間を過ぎ、十時半になっていた。
若菜さんというのはお兄ちゃんの奥さんで、今お兄ちゃんの子どもを妊娠している。
「若菜は大丈夫だ。おれはお前が心配なんだよ」
「で………でも」
お兄ちゃんは、優しく笑ってそう言った。
蒼くんの太陽みたいな笑顔とは少し違う、真冬に飲むホットココアみたいに温かい笑顔だった。


