「久し振りね」


このタイミングでその言葉が出てくるとは思わず、口に含んでいた水を吹き出しそうになってしまった。


「どうしたの?」


心配そうに見てくる彼女の表情がまた可笑しくて、むせるようにしてそれを誤魔化した。

厨房ではおじちゃんの料理をする音が響き、店内では僕のむせる音が響き渡っていた。


「いえ、先輩のほうこそ、ここに来るのは久し振りなんじゃないですか」


彼女は「もう」と小さく呟いて、どこか遠くを見るような目をした。

その呟きは恐らく僕がついつい『先輩』と呼んでしまったことが原因だろう。

一緒に働いているときは先輩と呼んでいたのだが、退職してからはもう先輩じゃないのだから呼ぶなと言われていた。

退職してからは電話とメールでのやり取りでは『有里香』さんと下の名前で呼ぶようにしてはいたが、この店に入り、一緒に働いていたときに戻ってしまったかのように無意識で呼んでしまった。