金曜日の朝は、いつもきらきらしていた。
澄んだ空気と高い空。
いつもより景色がワントーン明るく見えるのは、きっとフィルターを通しているからだ。
こんな気持ちを知らなければ、きっと金曜日だって変わらない1日に過ぎなかった。
先生と出会って、毎週訪れるこの時間だけが特別な宝物のように眩しくてあたたかな幸せを、私に感じさせてくれる。





「次、本田」
「は、はい!」
つい5ヶ月前のことだった。
4月、大学に進学した私本田ゆきのは、学校で解剖学を教える山下先生と出会った。
私の通う大学の近くにある医大で助教授をしている山下先生は、こうして私の学部にも講師として授業をしに来ている。

切りそろえられた短い髪、彫りが深くてはっきりとした印象の目元、鼻筋がきれいに通っていてまるで外国人を思わせる顔立ちをしている。
清潔感のある白いシャツにお気に入りのジャケット着て、先生は今日も教壇に立つ。
夏休みが終わり、長い休暇のあとにやっと会えた先生からは、微かにホルマリン液のにおいがした。

「いつも言ってるけど、小テストからも定期テストに出すから、間違えたところ復習するように。じゃあ今日のプリント配ります」
そう言って分厚いプリントの束を配り始めた先生の目は、何十人もいる生徒に留まることはなく、静かに伏せられている。
だから目から感情を読み取ることはもちろん、先生と視線を合わせることすらできないのだ。
けれどもその俯きがちな表情が何とも言えない美しさで、私はいつも目が離せなくなる。

先生はいつも冷たいけれど、ひどいひとではない。
冷たいからこそ惹かれてしまうような、他にたくさん魅力のあるひと。
目が合わないけれど、目を離せなくなる。
視線をすべて奪われて、釘づけにされて、先生しか見えなくなってしまう。
先生はこうやって不思議な魔法を魅せてくれる。
そうして私は、いつしか先生に恋焦がれていた。

不毛だと思った。
先生はあくまで先生に過ぎないと、自分でもわかっていた。
それでも先生への想いを止めることはできなかった。
私はこうして今も、一生懸命先生の姿を追っている。