入り口の方から、僅かに聞こえてくるセミの声とヒールの音が銀色の郵便受けと、このビルの誰かの物であろう自転車しか無い殺風景な雑居ビルのエレベーター前に響く。

女は真っ直ぐエレベーターに向かってきた。

夏の日に良く似合う眩しい程白いブラウスの女がエレベーターに軽い会釈をしながら風の様に吹き込む。

同時に僕の鼻に爽やかな香りが差し込む。

暑さの為か、その香りは一瞬僕の意識を奪ってしまいそうな錯覚さえ覚える。

僕は切れてしまいそうな意識の糸を手繰り寄せ『閉』のボタンを押して女に何階か聞こうとした。


『・・・5階』


女はこちらの言葉を待たず言った。

僕は黙って5階を押す。

不意に吹き込んできた風の様な女と、憂鬱な僕を乗せてエレベーターは上昇する。