奏は校門前に立ち、一樹のことを待っていた。
「野上先輩、まだかなー?」
 片足をプラプラと揺らしながら、校舎の方をじっと見ていた。
 すると、校舎の入り口から、一樹らしき人物が歩いてくるのが奏の瞳に映った。
「あ、野上せんぱ、い…。え……?」
 呆然として立ち尽くす奏。奏の瞳に映ったのは、一樹と、一樹の隣で笑う、優しい笑みの似合う女子生徒だった。
 校門前に立つ奏に気づいた一樹は、にこりと笑って手を振り、歩み寄ってくる。
「やぁ、こんにちは。今朝ぶりだね。島谷さん、だったかな?」
「あ、は、い…。け、今朝はありがとうございました、野上先輩」
 ひきつりそうなのを必死におさえ、奏は笑顔をはりつける。
「ねぇ一樹、この子誰?」
「ん?あぁ、この子は今朝鍵を落としたのを拾ってあげた、島谷奏さん」
「ふぅん」
「あ、こ、こんにちは。彼女さん、ですよね?」
 震えないように絞り出した声は小さく、しかしはっきり伝わったようで、一樹の彼女である女子生徒はにっこりと笑った。
「うん。秋村葉月っていうの。よろしくね」
「は、はい!」
 よろしくなんてしたくない。その気持ちを押し殺して、笑う。
「あっ!野上先輩、今朝は、本当にありがとうございましたっ!じゃ、じゃあ」
 泣き出したいのをこらえて、奏は走り出した。
 向かう先は、まだ教室にいるだろう幼なじみのもとへ。

 ガララッ
「カナ?」
「島谷さん?」
 勢いよく扉を開けた奏が、俯いたまま一歩も動こうとしないのを見て違和感を感じた結翔と七瀬は奏に声をかける。
 その瞬間、奏は弾かれたように結翔に飛びついた。
「か、カナ…?」
「っひ、ぅ……っくぅ…」
「島谷さん、なんで、泣いて…?」
 言葉もなく涙を流す奏は、結翔と七瀬のブレザーを強く握り締め、かすれた声で言った。
「せん、ぱ、か、のじょ、いた、の…ふっう…っく」
「野上先輩、に?」
「っうん」
 ぐっと七瀬のブレザーを握り締める手に力を込めた。
 少しの間だけ二人につかまり泣いた奏は、そっと離れて、無理やり笑った。
「ん、ありがと、ユイ。先、帰るね…」
「あっ!カナ!」
 走り去る奏に結翔の声が届くことはなく、そのまま奏の姿は見えなくなった。