【流璃加 side】
「ふぅ……。」
 私は今、陸上競技場の女子更衣室の中にいる。
 青地に白のラインが入ったランニングシャツに黒地のランニングパンツをはいて、髪を1つにまとめる。麻耶いわく、私は気合いを入れる場面では髪を1つにまとめていてすぐ分かるらしい。前髪をピンで留めて、シャツのたるみを直す。
「……よし。行くか。」
そうつぶやいて、女子更衣室を出た。
 今日は中学校生活でも特に重要な県大会だ。 1年に1度しかないこの県大会は、地区予選で勝ち抜いた上位2名が参加資格を得ることができる。
 さらに、この大会で勝ち抜いた上位2名が九州大会への出場資格を得られるのだ。
 私の今季ベストタイムは、11,51秒。地区予選では2位で、全体で見ると4位通過だった。1位は11,05秒0,46秒の差があった。時間で見ると大したことはない0,5秒も、距離として見ると100mで5mも離れているのだ。この差に追いつくことができるか…、ただそれだけを考えていた。
 昨日の予選では11,45秒までタイムを上げることができたが、通過順位は変わらない。不安だけが胸の中でうごめいていた。
「流璃~。行くば~い。」
「あ…、うん。」
「ったく、顔怖すぎって。流璃なら大丈夫けん!リラックスたい!」
「痛てて…、ほっぺをつまむなっ!!」
麻耶が励ましてくれたおかげで、ちょっと緊張がほぐれた気がする。
 麻耶の専門は1500m。麻耶も地区予選を勝ち上がり、先ほどレースを終えたばかりだ。自己ベストは更新したが、惜しくも3位だったらしい。レース直後で本当は休みたいはずなのに、私のレースがあるからと付き添ってくれた。
「そういえば、目標タイムは?」
「う~ん…、一応大会新は10,95っさね。そいけん、そのくらかな……。」
「さすがやね~。うちとは大違いたい!」
「自己ベスト更新したやつが言うなや!」
 気が付かない間に、2人で話しているうちに召集所の近くまで来ていたようだ。もう、さっきまでの緊張感はほとんどない。
 競技場の入り口のそばのベンチに座って、スパイクに履き替える。そして、右の足首にあみミサンガをつけた。
「…あれ?そのミサンガ、どうしたと?」
「あ、これ?浅榎にもらった。」
「へぇ~。あの浅榎がプレゼントねぇ…。」