「待たせてごめんね。今着替えてくるから待ってて」

エプロンを外した瑛太くんは事務所の方へと駆けていく。こういうところは変わっていないなと思わず口が緩む。いつも私に会うときは急いでくれた。

「お待たせ」

着替えてきた瑛太くんはきちんとジャケットを着ている。

「社員はバイトさんの制服とは違うんだね」

「一応スーツってことになってる。特に今はオープンして間もないから上司とか頻繁に来るから油断できない。でもそのうち汚れてもいいようなもっと楽なのにするけどね」

本人には言えないけれど瑛太くんのスーツ姿を見られることに感動している。3年分の瑛太くんを知らないから、何もかも新鮮に感じる。

「少し長く電車に乗るんだけどいい?」

「どこ行くの?」

「本社の近くにあるお店。実は予約してあるんだ」

「え? そうなの?」

「間に合わないかと思って焦ったけど、まだ大丈夫そう」

瑛太くんは腕時計を確認する。その時計も学生の時には絶対に身に着けないような良いものだ。

帰宅ラッシュで込み合う電車でも私と瑛太くんは溶け込んでいる。過去には並んで立つとどんな関係性の二人なのかと思われていたかもしれないけれど、きっと今は同僚に見えていそうだ。

「俺が全然仕事上がれないから退屈だった?」

「瑛太くんの働いてるところを見るのも久々だったから苦じゃなかったよ」

「バイト時代よりも成長してたでしょ?」

得意げに言うから私は素直に「うん。かっこよかった」と言ったから瑛太くんは照れたように笑う。

「俺はね、朱里さんには悪いけど待たせてることが嬉しかった」

「なんで?」

「仕事で遅くなって待っててもらうの、立場が同じ大人になった気がして」

気持ちが分からなくもないから、「待たせて酷いなー」と言いつつ笑った。