◇◇◇◇◇



「見積書はこれで大丈夫。コピーを部長のフォルダにも入れといて」

「はい」

私直属の事務の女の子はほっとした顔をしてデスクに戻っていく。営業事務を採用することになってから3年。私の担当として今年入社した彼女は仕事に慣れ始め、ある程度の書類の作成を任せられるほどになって私もやっと余裕が出てきた。

手帳と時計を見比べてパソコンを閉じる。

「私は打ち合わせの後直帰するから、定時になったら退社していいからね」

事務の子に指示をすると会社を出た。
営業事務のおかげで仕事の効率は劇的に良くなった。残業をすることはあっても繁忙期やイベントの時だけ。プライベートに割く時間が取れるようになった。けれど彼氏は3年間いない。誰とも付き合うこともなく、出会いの機会は何度もあっても積極的になれなかった。合コンに誘われても別部署との飲み会でも男性と連絡先を交換しても次のステップに繋がらない。最後に付き合った恋人がいつまでも私の心に居座っているから。

カフェの運営会社に就職を決めた瑛太くんはあのカフェではないところに配属されたということを山本に聞いていた。
ここにはもういない。それでも改札を通る度にカフェを意識してしまう。自分から別れようと言ったくせに瑛太くんを思い出すと辛くなる。離れてから存在の大きさを思い知る。
忘れたくて仕事に打ち込んでも出勤すると毎日目に入る思い出の場所。今はシャッターが下りて『改装中』と紙が貼られている。リニューアルされてしまうお店はもう私の特別な場所ではなくなる。オープンまでの日数がそのまま私が未練を抱いていてもいい期間のような気がした。

『成長して迎えに来る。だからその時は俺にもう一度朱里さんと付き合うチャンスをください』