私は東京の品川区に産まれた、都会っ子。

親は産まれてすぐに別れ、母は女手一つで私を育てた。

といってもほぼほったらかしで、小学校に入ったとたんに晩ご飯は一人だった。

きっと、愛人に会いに行っていたのだろう。

近くのスーパーで買った、安い惣菜がテーブルの上に置かれている。

もう見慣れた光景だった。

今は私はバイトを重複してお金を貯め、一人暮らしをしているから、そんな事はない。

小学生の頃の私と言えば、栄養が偏りすぎて、太りすぎたり、痩せすぎたりの繰り返しだった。

惣菜は栄養よりも、値段だから。

できるだけ安い物を。

それが母の口癖だった。

もちろん、一緒に買い物に行くなんて事はない。

だって、愛人に私と母が居るところを見られたらお終いじゃない。

中学生に入り、昼食がお弁当になってからは毎朝、500円をもらった。

朝、コンビニで買っていくのだ。

でも、機嫌が悪いときは、お金が貰えなかった。

お釣りは必ず返さなければいけないし、お小遣いなんてない。

だから、昼食がない、ということは何度もあり、友達に貰っていた。

水商売をやっていた母は、自分だけにお金を賭け、私には賭けない。

水商売は稼ぎやすいのに、母は金持ちなのに、子供は制限ばかりさせられる。

そんな母に、いつも腹をたてていた。

今もたてている。

結局、私は恵まれずに産まれたのだ。

恵んでくれる親が居ないまま、産まれてきてしまった。

もう、死にたい。

何度そう思ったか。


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