声を聞きつけ、親父が書斎から出てきた。
「どうした?」
「苗が泣いた」
「泣いてない」
「泣いてんだよ!」
苗は逃げるように自分の部屋に入った。
親父が俺の服を引っ張った。
「泣いてたって!」
「分かってるよ」
親父は書斎に入るように、アゴをしゃくった。
書斎に入るのは久しぶりだ。
何か英文のメールを打っていたらしい。
「なんだよ」
「苗ちゃんにかまうなよ」
「親父だってかまってるだろ」
「そうじゃなくて、苗ちゃんの感情にかまうなって言ってるの」
は?
どういう事?
「苗ちゃんは、辛い経験をして心が不安定なんだ」
「辛い経験て?」
「俺からは言えないけど、カウンセリングにも通ってるし、お前がほじくり返すことじゃない」
「カウンセリング?なんで?」
「言えない」
ああ、そうかよ…。
俺には何も教えてくれないんだな。
親父は続ける。
「俺らは、ただ一緒にいるだけでいいんだよ」
「あっそ。じゃあ泣いてても無視だし、笑ってもスルーか」
「え…笑うの?」
「笑うよ」
「え…え…ウソ。すごいじゃん」
「何がだよ」
親父は勝手に浮かれ始めた。
「考えてみたらさぁ、泣くってことも大進歩だよぉ」
親父は椅子に座ると、メールの続きを書き出した。
「そっかあ。笑うかあ」
「だから、それがどうしたんだよ」
「若いってスバラシイ!」
アホらし…