ことの発端は1週間前にさかのぼる。

希美と一緒に庶務をしていた男の先輩が、家庭の事情で急遽退職することになったのだ。

うちの会社はプラスチック製品の製造販売を生業とする『(株)勝又樹脂』という中小企業であり、社員の数もさほど多くはない。

その中の欠員ということで、我が総務課は一時パニックに陥った。



仕事はどうする?

引き継ぎは?

……ていうか、締め切り!!!



と、てんやわんやしており、退職した先輩の後任が決まったのを知ったのは異動のほんの直前であった。



「ものすごいイケメンだよ」



真っ赤なルージュをひいた唇でささやいたのは、総務課一番の情報通である富永という女性社員で、年は希美よりも一回りほど上の先輩だ。

真っ先に情報を掴んだ彼女の話によれば、後任はなかなかの大物だった。



何はなくともイケメン。

世間の呼び名は『わが社の貴公子』。

仕事もそつなくこなすエリートで後輩育成に余念がない。



直属の先輩となることは分かっていたが、社内の噂に疎い希美は「へー! すごーい」と、他人事のように話を聞いていた。

しかしそれ以外の面々は彼の名前を聞くや否や、「スゴいのが来るぞ……!」と早々に身構えていたのである。

「またまたみんな、大袈裟なんだから!」と、のほほんとしている希美の肩を叩いたのは、課長の次に偉い『総務課の仏様』と呼ばれる太田であった。



「ま、頑張りなさい」



彼は何かあるといつも優しくフォローをしてくれ、時におもしろい冗談をぶっ放すひょうきんなおじ様だ。

最近、より一層お腹の肉が気になっているようだが、そんなところもお茶目で可愛いところだ。



「彼はやり手の営業マンだから、学ぶことは多いと思うよ」

「はい、頑張ります!」



希美は元気よく頷く。