音もたてず、涙が一粒流れた。
頬を伝い顎まで到達すると、それは落ちる。
「……神崎さん、めちゃくちゃ可愛いですね。」
「もう、恥ずかしい。言わないで。」
相変わらず、可愛い返事が出来ないものだ、と自分自身で呆れそうになる。
そんなことを考えながら、火照っている頬を隠すために顔を俯かせる。
するとまた声が降ってきた。
「可愛いですよ、本当に。」
その瞬間、体が包まれた。
彼の体温がこれでもかというくらい伝わり、耳元には彼の吐息を感じる。
片方の手は腰に回され、もう片方の手は器用に爪を立てながらゆっくりと髪を撫でる。
「やっと手に入れた。」
「……大げさだよ。」
じんわりと伝わり続ける体温と、髪を撫でる手の心地よさに、目を閉じる。
視界を遮断されると感度が更に増し、それらがより心地のいいものになる。
あぁ、このまま時間が止まってしまえばいい。
どれくらい時間が経ったのだろう。
冷静になってみると、職場でとんでもないことをしていることに気付く。誰も来なくて本当に良かった。
「帰りましょうか。」
偶然なのか、そうでないのか。
体を離した彼は、あの夜と同じように切り出す。私は、その時聞けなかった言葉を返す。
「……どこへ帰るの?」
コートを羽織っているその背中にそう投げ掛ける。
するとそれを耳にした彼は、
見たこともないような、ふわりとした笑顔を見せた。
そして、得意気に口を開く。
「それは、神崎さん次第です。」
Fin.

