義兄(あに)と悪魔と私

 
「礼を言われる筋合いはないよ。約束を守るのは人として当然のことだ。君はそれに見合う以上の犠牲を払ったのだから」

今の俺にとって、当たり障りない言葉で返す。

本当のことは言えない。
他に何と言えば良かったのか分からない。

そんな俺を、円は真面目だと言って微笑んだ。

「じゃあ、もう時間だから行くね。また、木曜日に」

別れを言う円に、俺は何も言わなかった。
口を開いたら最後、何を言ってしまうか分からないと思って、やめたのだ。

いつまでも円の背中を見送りながら、女々しくも込み上げそうになるものをこらえる。

どうしてこんなことになったのだろう。
こんな気持ちになるなんて、あの日は思いもしなかった。

あの日をやり直したい。
そんな願いが叶うはずもないことは知っている。
もはや、引き返すことはできないのだと。