「なっ……」
「静かに」
抗議の声を上げようとすると、比呂くんは自分の唇に人差し指を当ててそれを制する。
比呂くんの視線の先は店の入り口。ちょうど店内に入ってきた客が、付近の席に座った。
「良子さんだ、待ち合わせかも」
比呂くんが落とした声で言った。
それは間違いなく母だった。
直接ホテルに男と現れるとばかり思っていた私は、少しばかり動揺する。
私達のいる席は柱があるせいで、母のいる席からはほぼ死角になっていた。
私は心臓が普段より大きな音で鼓動を刻むのを感じながら、母の横顔を覗き見る。
しかし母は平静と変わりなく、その表情からは何も読み取れない。
「あんまり身を乗り出すなよ」
咎めるような比呂くんの声で、我に返る。
一瞬、母しか見えなくなっていた。
「……分かってるよ」
私はそう言って、身体を引っ込める。

