リズミカルな包丁とまな板の音がリビングに響き渡る。お母さんはいつも毎日毎日こんな仕事をしていて本当に凄いと心から思っている。そしてもっと凄いと思うのは
「ねぇ知ってた?歩由の好きなアーティストが○○大学にLIVEに来たんだってよー!」
「えっ?本当ーー?」
お母さんはいつだって教えてもないのに私の好きなものをたくさん知っている。気が付けば色んな事を知っている。このまま全てが見透かされてしまうんではないかと思うほど、怖くなるほどだ。
朝はピリピリして私を不快な思いにさせて学校へ追い出したというのに。それを私はどんな思いでここまで帰って来たかも知らないくせにそんな笑顔を見せてほしくはなかった。何だか私が悪いみたいじゃんか。いつまでもグズグズしてる自分が悪いみたいじゃんか。
でも決してこの気持ちだけは見透かされてはいけない。奥底に隠し続けなければならない。いったい私はいつまでこうして隠し事を作り重ねていくのだろうと思うと胸が苦しくなる。

夜になった。長い長い夜が始まる。朝まで何をしようか。部屋に入るともう自分の世界でしかない。誰にも邪魔されない唯一の時間がやってきた。同時に誰も助けてはくれない地獄の時間がやってきた。ここで思い出した。薬をもらった事。飲んでしまえば楽になるのだろうか?半信半疑で飲んでみた。軽くなった感じで自然と眠りにつけた。その時窓の外からポツリポツリと雨が降り始めたらしい。