朝方、僕は家を出る。

"手紙"を書き、テーブルの上に置いた。
年寄りの癖にじいさんは寝ぼすけだ。
だから、敢えて言葉も残さない。


「行ってきます。」


ほんの少しの恐れが、僕を引っ張る。
えぇい、恐れるな。雲屋になるんだ。
僕は、雲屋になるんだ。


+ + +


空にはまだ雲屋の姿は無く、街の市場も始まっていない。


「あんれまぁ、まだ雲屋さんは居らんのかね。」

「今日は遅刻だな。まぁ彼らにも事情があるってもんさ。」


事情だって?もし、来なかったらどうする。
家には戻りづらい。あれだけ反対されたのに、
僕は家を出てきたんだ。今更、来ないなんて困る。

思わず、丘の方へ走りかけた瞬間―


―…フワ、


軽い風。そして、帽子が舞う。
見上げると其処には僕の憧れが、居た。


「おっそいぞー雲屋。」


投屋のおっちゃんが、空に呼びかける。
相変わらず声だけの、愛想の言い返事が飛んできた。


「申し訳ない。エンジンが不調でね。
文句はこのエンジニアに言ってくれ。」

「「「お前のせいだ!お前のせいだ!」」」

「だぁああうるせぇな小僧っ子共が!!」



「今日も雲屋は賑やかだなー。」



雲屋はいつだって賑やかだ。
だから、憧れる。
一体どんな人が乗っているのだろう。


「雲屋さんよ、今日はどちらへ?」

「今日は丘の方へね。
 客人を、お待たせしているんだ。」


―ドキリ、と心臓が高鳴る。
客人とは、僕の事なのだろうか。
ニヤけた顔はもう、止まらない。

動き出す雲屋と共に、僕もまた丘を駆け始めた。