二人でPOPのフロアへ行き、開け放たれたままのドアをノックした。

「梶原君、ちょっといい?」

デザイン画像と睨みあいをしていた梶原君が、ゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
その目がデザイン画を睨んでいた目そのままにこっちを見るものだから、思わず後ずさりしたくなった。
相変わらず細めた爬虫類のような目には、背筋が凍りつく。

「えーっと。彼、乾君。梶原君の後を引き継ぐことになったの」
「ああ。聞いてる」

言葉少なに応えると、梶原君はまたデザイン画に向き直ってしまった。

「引き継がなきゃいけないこと色々あると思うから、新店目の前で忙しいと思うけど、宜しくね」

乾君を連れて梶原君の直ぐそばまで連れて行って言うと、目も見ずに頷きだけ返してよこした。
素っ気無い態度に呆れて大きな溜息が出そうになったけれど、乾君が被害を受けることになりそうなのでここは我慢する。

「乾君。POP関係の事は、梶原君に。それ以外の事は、私か河野に何でも訊いて。じゃあ、頑張って」

乾君を置いてフロアを出ると、待ち構えていたように河野がすぐそばの壁に寄りかかって待っていた。

「何? 盗み聞き?」
「これでも、一応心配してきてるんだけどな」

「心配ならそんなところに突っ立ってないで、中に入ってフォローしてあげたらいいのに」
「店舗間の人事はやらせてもらっているが、本社内のことに関して俺は碓氷よりも権限はないからな」
「確かに。未だに私も河野の立ち位置がよく掴めてないもの」

エリアマネージャーなんて肩書きはついているけれど、河野はいろんな場面に引っ張り出されていた。
自分の担当エリアはもちろん、エリア外や本社も例外じゃない。
それだけ社長に信頼されているってことなんだろうけれど。

「俺が掴めてないんだから、碓氷にわかるわけねぇよ」

河野が肩で笑う。

そんな私も、本社内を統括するのが主な仕事内容なのに、店舗にも回されていたりする。
おかげで、仕事量は半端ない。

「あいつさ。乾。飄々としたところあるから、梶原の態度にも、そんなにめげるってこともないかもしれないな」
「そうなの?」

「ああ。あの手書きのPOPだってそうだろ。手書きが禁止なのはわかっていた筈なのに、あんなスゲーのわざわざ作成して店頭に貼り出したり。そのPOPをお前に無碍もなく剥がされたって、そんなに落ち込んでなかったし」
「無碍もなくって……。こっちも仕事なんだから、しょうがないじゃない」

私が言い返すと、そんな態度を面白がっているようで、河野がニヤニヤしている。

「まー、なんにしても。あれだけの才能があるんだ。いいもの作ってくれるだろ」

他力本願に期待を寄せる河野の方が、よっぽど飄々としている気がするのは私だけか。