置き去りにされた心





「―――― さん」

「―――― すいさん」

「碓氷さんっ」
「はいっ!」

「携帯鳴ってますよ。店舗からじゃないですか?」

デスクでぼんやりとしている私に、経理の田山さんが不審な目を向けつつそばに来て教えてくれた。
見れば、ディスプレイには近郊店の名前が映し出され、早く出ろというように鳴り響いていた。

田山さんにお礼を言って、急いで携帯を耳に当てる。

「もしもしっ」

慌てて出ると、お忙しいところ、すみません。とスタッフに謝られてしまい、申し訳なさに気が引けた。

公私混同なんて偉そうなことを言ってきた自分が、今まさにそんな状態で、仕事も手につかないなんて、全く笑えない。



聡太から距離を置きたいといわれて、一ヶ月ほど。
社内での聡太は相変わらず挨拶程度で、それ以外の言葉をかわすことはまったくない。

何か必要な備品があるときは、決まってスタッフが代わりにやってくるし。
店舗へ行くのも、あえて同じところへ行くことにならないように避けられている気がした。

メッセージも、もちろん流れてくるはずもなく。
私の口からは、溜息しか出てこない。

それでも、仕事はどんどん押し寄せてきて。
まるで余計な事など考えるな、とでもいわれているようだった。

店舗の改善に対応し、小田さんから引き継いだ郊外店にも目を向け、社長からの依頼にも細々と対応していると、気がつけば一日が終わるのはあっという間だった。
まるで、聡太がここへ来る以前のように、私はただ仕事だけに明け暮れる毎日に戻っていた。

ぼんやりする時間が多ければ、それだけ聡太のことを考えてしまうだろうから、忙しいのはありがたい。
だけど、心の中はどんどん空っぽになっていって、空しさに押しつぶされそうだった。

「よく働くな」

からかうようにして声をかけてくる河野だけれど。
小田さんから引き継いだ郊外店の現状が良いとは言えず、私よりも忙しく動き回っていて、飲み歩く余裕もないようだった。