「河野さんに、何か言われたの?」
余り抑揚のない声で言われて、胃の辺りがすーっと冷えていく。
「そうじゃないよ。これは、社会人として、私がそう思うから。聡太も、そこは割り切って欲しいって思うの」
理解して欲しくてじっと目を見つめていたら、見捨てられたみたいにそらされてしまった。
「わかったよ。もう、会社では沙穂に話しかけないようにする」
床に向かって寂しげに漏らす言葉に、心が痛い。
「もちろん、仕事上で用事があるときには、いつでも言って。力になるから」
「……うん」
やっと話ができて、僅かに不安を抱えながらも私はほっと胸をなでおろす。
「コーヒー冷めちゃったよね。新しいの、淹れるね」
気分を変えるために立ち上がると、聡太も一緒に立った。
「あ、いいよ。座ってて」
一緒にキッチンへ向かおうとしてくれているのかと思ってそう告げたら、聡太が玄関へと足へ向けた。
「聡太?」
「ごめん。今日は、帰る」
「……え」
怒った?
あんなことを言われて、気分が悪くなっちゃった?
だけど、理解して欲しくて。
大切な聡太だから、解って欲しかっただけなの。
玄関へ向かう聡太を追いかけるようについて行くと、靴を履いたところでこちらを振り返る。
その目が冷たい。
「河野さんと、何かあったよね?」
急に河野の話になり、心臓が大きく反応した。
私は、慌てて首を振った。
まさか、指輪を受け取ってしまったなんて、いえるはずもない。
「ホント、下手だね」
聡太が盛大に溜息をつく。
「隠さないでよ」
「なにも……」
隠してない、という言葉が出てこない。
聡太が言うように、私は嘘が苦手だ。
「河野さんに、プロポーズでもされた?」
ドアノブに手をかける聡太を見たまま、私の息が止まる。
「カマかけただけなのに……。ホント、嘘が下手だね」
力ない言葉を残し、聡太がドアを開ける。
「聡太っ」
その背中を追うようにかけた私の声に、聡太は振り向きもしない。
静かに閉まる玄関ドアの音が、彼の心も閉ざしていくみたいだった。