私は、首を横に振り後を引き継いだ。

店舗に貼っていた手書きのポスターのこと。
現在のPOP担当がもう直ぐ辞めてしまうこと。
任せてもいいと思える人材がいないこと。
乾君のセンスを買ったということ。

細かく言えば、あのあと乾君の経歴も少し調べさせてもらっていた。
履歴書を見れば、やっぱり美大を出ていたし。
同期の子達から訊くところによれば、コンピューターの知識がずば抜けているとか。

POPは、センスももちろんだけれど、専用の機械を駆使してやっていかなければいけない。
普通のパソコンと違ってPOP専門の細かいことも多々あるから、そういう方面が得意な子じゃないと、失敗ばかりが続いて時間も備品のインクや紙もロスしてしまう。
それらを考慮すると、乾君は最適な人材だと私たちは判断したんだ。

ゆっくりと噛み砕くようにそれらのことを私が説明すると、乾君は一度深く息を吸い吐き出した。

「POPということは、本社勤務になるってことですよね」

戸惑うような表情の乾君。

「だな。店舗と違って、休みは確実だぞ。土日祝日は、ゆっくりできる。まー、新店やリニューアルがなければだけれどな」

河野の言葉を聞いてから、乾君は真剣な眼差しで考え込んでしまった。
その姿に、これは無理かもしれないな、と思う。

店舗を気にいっている社員は、本部へはまず来たがらない。
休みが不規則で、連続勤務に体が大変でも、自分たちの好きな商品を扱える店舗をどうしても好む傾向にあるからだ。
本社で机に縛られ続けるよりも、商品と接していたいと思うのが、現場を好む人間たちだった。

この様子じゃあ、早めに他の人材を探さなきゃいけないかもしれないな。

そんな風に考えていると、思いのほかいい返事が返ってきた。

「少しだけ、お時間をいただけますか……?」

時間をくれという事は、考える余地があるということだ。

この答に、河野がもちろんだ。と飛び切りの笑顔を見せた。
こうなったら河野のことだ、きっと、あの手この手で乾君を持ち上げ、引っ張り込んでくることだろう。

「ただ、引継ぎもあるから。余り長くは待てないが」
「わかりました」
「よしっ。じゃー小難しい話はここまでだっ。飲むぞー」

河野は、グラスに残っているビールを豪快に一気飲みしている。
POPは乾君に決まったも同然だ、という感じなのだろう。

まぁ、河野にかかれば、乾君が落ちるのもそう長くは時間もかからないだろうけれど。