そもそも、キスもしてるわけだし、告白もされている。
そんな二人が食事へ行き、夜も遅くなればこうなる事は必然といえば必然。
だけど、やっぱりその先への一歩に躊躇してしまう。
早まる鼓動にまだ耳を塞ごうとしている諦めの悪い私へ、痛恨の一撃が飛んできた。
「まだ一緒にいたいから」
ほら、きた。
どストレート。
まだ自分の手に握られたままのお札が、変な汗で湿っていく。
こんな湿ったお札、恥ずかしくて渡せないじゃないのよ。
皺になっていくお札に気を取られていたら、乾君がさっさとエントランスへ向かってしまった。
「い、乾君」
呼び止める私を余裕の表情が振り返る。
この子、本当に年下なの?
疑いたくなるくらい、ぐいぐい私を引っ張っていくんだから。
それとも、私が弱すぎるの?
来いよ。と言わんばかりの顔だけれど、乾君はそんな風にはきっと言わないかな。
行きましょう。
そんな感じかしら?
勝手な想像をして、一人カチンコチンになっている自分が、エントランスの大きな硝子に映っていた。
夜の闇に包まれ、蛍光灯の明りで浮かび上がる自分の姿は、なんて純なんだろう。
まるで、初めて彼氏とお泊りでもする時のような顔をしている。
あなたいくつよ。
硝子に映るそんな自分を見ていたら、段々おかしくなってきた。
生娘でもあるまいし。
というより、もう三十過ぎてる女が、何を固くなってるんだか。
そう思ったら、なんだか肩の力が抜けていった。
そんな私を振り返り、乾君が言う。
「デート代を女性に払わせるなんて、男じゃないですよ」
男前な顔で言われてしまうと、余計におかしくて応戦したくなってきた。
三十女を舐めるなよ。
片方の口角を上げて、澄ました顔をしてみせる。
「じゃあ、美味しいコーヒー飲ませてあげる」
彼の隣に並んで言うと、乾君が優しく微笑んでいた。



