Sweet Honey Baby

 「ちょっと顔貸してくれる?」




 蓉子ちゃんの左右を固めるご友人は、こういう事態も珍しくないのか、イエスマンよろしくニヤニヤ笑うばかりでまったく動揺がなかった。


 あたしも、もちろん初めての経験ではないので、こんな往来でのこのこついてゆくような酔狂はしない。




 「悪いけど、あたしツレがいるし、そういうの付き合うほど暇じゃないから」

 「来なさいって言ってるのっ」



 そのまま立ち去ろうとしたあたしの片手を掴んでくる。


 断られたことが腹立たしいのか、ギュッと握られた手首に爪がたてられてけっこう痛い。


 この子、けっこう何様な子だな。


 他人が意のままにならないと気に食わないタイプ。


 こんなところでいざこざ起こすわけにはいかないんだけど。




 「あ、一也っーー!!」




 あたしの素っ頓狂な声に、蓉子ちゃんがギョッと手を離した隙を狙い、ちょうど青になった信号を対面側へと突っ走った。


 多勢に無勢、勝てない戦はするべからず。


 こういう場合、三十六計逃げるに如かず、だ。



 「あっ」

 「…bye」

 「待ちなさいッたらっ!」




 さすがに追いかけて来ない。


 そのまま一気に走り抜けて、目の前のカフェのドアを潜り抜ける。




 「はあはあ、はあぁ~~~。…まったく」

 「いらっしゃいませ」




 いい年して全力疾走なんかさせられたから、この季節に汗かいたわ。

 
 乱れた髪を手串に整えながら店内をグルリと見渡す。


 出迎えるウェイトレスの背後、店の奥でスマホを覗く一也の横顔が見えた。


 …なんだか、あそこだけ異空間みたいだ。


 どこにいても、女の子たちの視線が集まってる。




 「…つ、ツレが先にいますんで」




 案内しようとするウェイトレスを断って、一也の座る席の前に立つ。


 すると、すぐにあたしの気配に気が付いた一也が顔を上げた。




 「…なんだよ、お前」

 「ごめん、お待たせ」

 「…確かに便所にしては長かったけどな。お前、何してんの?」




 息が荒いあたしを怪訝に見つめる一也に愛想笑いをして、その対面側に腰を下ろす。




 「ははは、ちょっとアクシデントがあってね。あ!すいません、アイスティお願いします」