Sweet Honey Baby

 とっさに伸ばした腕で、大柄な体を支える。


 …う、重い。


 倒れてきたわけじゃないけど、つっかえ棒よろしく伸し掛かられて、たたらを踏んでグッと堪えた。


 危うくあたしまで巻き添えくって、床に転がるところだったと、憎々しく睨みあげれば、長い睫毛が目の前にあってかなり驚く。


 うわぁ、近っ!


 Hまでしちゃった中だけど、まだキスはしたことがない。


 そうであれば、こんな間近で顔を覗き込んだことなんかないから、のけ反ってしまう。


 …こんな綺麗な顔してる男の子って、あたしの人生で今までまったく登場しなかったよね。


 感慨深くマジマジと見つめてしまう。


 そんなあたしの視線にも、反応する気力がないのか、熱い息を吐き出し、態勢を立て直そうとする。


 従順なのを見れば、けっこう体調的にキツイんだとわかった。




 「ちょっと、誰か呼ぼうか?タンカーでも持ってきてもらう?」

 「…タンカー?バカか、お前。いいよ、とりあえず、眩暈がしただけだから」

 「そう?このまま支えてあげるから、寝室に戻って寝なよ?」




 いまのところ、そんなにすごい高熱ってわけじゃないみたいだけど、ヘロってる相手を見捨ててはいけない。


 一也も、自分の状態をやっと自覚したのか、逆らうでもなくあたしに支えられて歩き出す。


 途中、メイドさんの一人に出くわして、慌てふためいて人を呼ぼうとしてくれたんだけど、




 「構うんじゃねぇよ。よけいなことしやがったら、クビにすんぞっ」




 凄まれて、こわごわ頷いていた。




 「…あんた、ホント最低。せっかく心配して言ってくれてるのに」

 「なにが最低なんだよ?あいつらは、単純に仕事だからマニュアル的なことを言ってるだけで、別に俺を心配してるってわけじゃねぇだろ?」




 身も蓋もない。


 でも確かに仕事ではあるかもしれないけど、具合悪そうな人間に声かけるのは、人情としては当然のことで、あながち義務感だけが理由じゃないと思うけどな。




 「…それより、お前なんだってこんなところへ来てたんだよ」

 「あー」




 正直の言うのも照れ臭いけど、あまり興味はなさそうなのに一応気を使って話をしているらしい相手のけなげさに免じて、白状する。




 「…道に迷った」

 「………は?」

 「だからっ、庭に出て部屋に戻ろうとしたら、帰り道わからなくなったの!」




 マジマジとあたしの顔を見て、本当のことだとやっと理解したらしい一也が、くくくと声を出して笑いだす。




 「ぶぶ、おもしっれぇ女!迷子かよ?」

 「迷子だよ?悪い?」

 「別に悪かねぇけど、お前、この家きて何か月立ってんだよ。しかも、ここってお前が住んでる西館からずいぶん離れたところにあるんだぜ?」




 …西館。


 毎度のことながら、ホント、凄い家だよね。


 使用人を除けば、住んでいるのは一也とあたしだけ。


 それ以前も、他の家族は住んでいなかったみたいだから、一也一人でこの広大な家屋敷!


 それはともかく、あたしも言われるほど長く住んでるわけじゃないけど、自分の方向音痴は自覚しているし、同じ道を何度通ってるつもりでも、毎回違うところにでるんだから、反論する余地がない。




 「…いいでしょ、別に。散歩にもなるし」

 「散歩!家の中で変な奴~」




 具合が悪いからだろう、全開の笑顔なんかじゃなかったけれど、それでもふて腐れたような顔や、睨む以外の顔が初めてで、ちょっと見惚れる。


 造形だけはとびきりイイ奴だもんね。