Sweet Honey Baby

 口元をヒクつかせながらも、結局は黙って踵を返していった。


 いったん全体、本当になんなんだろう。


 たぶん、あたしが言うこと聞かないから逆にムキにさせちゃってるんだろうな、とは思う。


 お子ちゃまはこれだから…。


 妙に上から目線で思ってしまって、なんだかこれからの生活が思いやられた。


 …一瞬。


 一瞬だけ、本当に一瞬だけだよ?


 あの男がマジにあたしのことを好きなんじゃないかとドキッとした。


 ホンの思いつきだったつもりの一言に、赤面したアイツの顔に焦った。


 でも、すぐに憤慨したような憎々しげな顔になって、それで逆にホッとして。


 もし本当にあたしのことが好き、だなんていいだされたらそれこそあたしの方が困っちゃう。


 あんな見るからに美形でモテそうな男が、あたしなんかをって己惚れてるつもりじゃないけど、なんだか子供の頃や学生時代にに何度かこういうシチュエーションあったよなあ、なんて。


 やたらとかまってくる男子がいると思ったら、告白されて。


 でも、しばらくすると大抵、思ってたのと違うとか言われるんだよね。


 あたしって、性格はこうだし、見た目も白人の血が入ってるせいか美人じゃないけど、けっこう派手め。


 そのせいで、弾けた性格してるって勘違いされがちだけど、本当はそうでもない。


 一人で日向ぼっことかしてるの好きだし、嫌なことや辛いことは避けて通りたいし、臆病で、傷つくくらいなら最初から我慢すればいいと自分を隠しちゃう。


 それが何を考えてるのかわからないとか、本当に俺のことを好きなの、とか聞かれちゃって。


 まあ、あたし的にも、本当はもう真剣な恋愛なんてしたくないって思ってたのに、ただ寂しくて、一人でいるのが嫌で、来るもの拒まずっていうのがいけなかったのはわかってる。


 でも、もうあんな風に誰かに真剣に恋して、それでそれを失っちゃったら立ち直れない。


 それだったら、あたしといたいって言う人と楽しく遊んで笑って、なんとなく時間が過ぎればいいっていう程度だったのに、それさえもダメだと言われたら、そりゃもう、無理して頑張るより、最初からシャットアウトした方がいい。


 そういう意味では、多少非人情的でも、顔もあわせないお飾りの婚約者の方が良かった。


 いびられたりするのは勘弁だけど、無視されてた方がなんぼか楽だよ。


 一也が何を思って近づいてきてるのか知らないけど、変に夢見られたくない。


 夢見たくない。


 こうやって親に押し付けられた女。


 単なる同居人と放置してくれないかな…。


 傍若無人な傲慢男にしか見えなかったし、いきなり初対面からアレだったから、あたしみたいな欠陥品が結婚相手でも良心痛めなくてもすむとか思ってたのに…。


 サラッと流してやったら、ムッとした顔がちょっと傷ついた子供みたいだったなんて、ちょっと反則だ。




 「にゃあぁ~」




 胸の中の子猫が鳴き声を上げる。




 「…なんだか、いろいろ面倒臭いよね~」




 とりあえず、あたしがなんとかしてあげないといけない最優先は、腕の中の小さな命だった。